Chapter1 日出る国の少年

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第6話 草原の騎兵(ポーリュシュカ・ポーレ) キョウト基地の壊滅を防いだ紅白色の巨人が、ゆっくりと降下して地へと片膝立ちをする。 胸部のコックピットが開くと、そこからはヒヅルが降りてきた。 戻ってきた陸地は、瓦礫と死体の山が広がるばかりであった。 基地周辺も、ライフルの弾痕でクレーターへ変わり果てていた。 上官達救護班や遺体の処理に、阿鼻叫喚の一兵卒達が駆け巡っており、戦士の凱旋に喜びの声を上げる(いとま)も無い様子だ。 ところがその中から、見慣れた男の影がヒヅルの方に走り寄ってくる姿が、しっかりと見えた。 「よ、よくやった!! あのシステムを起動させた上で、本当にゴブ2機を撃破するとは!」 驚嘆の中に、オガワは興奮と高揚を隠せない弾むような声を上げている。 ヒヅルは皮肉たっぷりに言葉を口の端から発した。 「ありがとうございます。 さすがに、武器がまだ装備されていないと分かった時には……焦りましたよ?」 当然と言えば当然である。 無防備で何もできないロボットで前に出る。 それは戦闘機や武器を持つ他の配備済み量産機より、よっぽど格好の的に過ぎない。 勢いに任せて『行け!』などと言ったのかもしれないが、説明が足りなかったオガワも無責任と言えば無責任だ。 「それはだね……仕方のない話なのだよ。 機体自体は出来上がったものの、適正のある搭乗者がいないことや、ビーム兵器開発が難航したことでだな。 それに関しては……申し訳が立たなかった、と思っている。 暫くは先程の敵機体から得た情報ベースで、急務開発する武器を使いたまえ! 勿論、オーガルドの武装も使って構わないぞ!」 オーガルドは、今この基地で塵芥の如く、もの言わぬまま地を転がっている『それ』である。 この名兵器は、前大戦末期のブラダガム帝国製 人型機動兵器「ゴブ」のデータをベースに、九重共和国が作り出した量産機だ。 餓鬼を彷彿とさせる細い手足に、機動性重視の無駄のない装甲、丸みを帯びた頭部が特徴のシルエットだ。 鋭く尖った長い爪は、当時一撃でゴブの体を突き刺したと言う。 下腹部には、パイロットブロックが装備されており、撃墜時にはパイロットの生還を前提に考えられた作りになっている。 当時戦闘人員が不足した共和国には、「ヒト」という資源をロスすることなく戦える画期的な機体だったのだ。 現に、今回の戦闘においても8割近くのパイロットは、怪我は負えども無事生還している。 「ありがとうございます。 自慢の爪はともかく、その実弾ライフルもあまり新型のゴブには通用した様子ではないですが……。 話は変わりますが、このキョウト基地が敵の標的になったことには、なにか理由があるのでしょうか。 やはりこの新機体……KN-630101A”サナギ”。 これが狙いですか? それとも、新兵教育を狙っての戦力縮減が目的、でしょうか」 ヒヅルには今回の襲撃に関しては疑問があった。 『攻撃理由』だ。 元・日の本であった地区は、九重共和国の中でも東の海に地続きで存在する半島国状態の地形だ。 東桜の春は共和国・帝国側で、海沿い地域一帯で紛争が勃発したことが、全ての契機であった。 つまり、口火が明確だった。 しかし、今回は前触れもなく突然に基地が攻撃された。 それには明確な『攻撃理由』が必要なはずだ。 ブラダガム側が有利になるための目的、そして攻撃の理由になる政治的な名目。 双方での『攻撃理由』は、一体何なのだろうか。 加えて言うのであれば、海を超えるために戦闘機ではなく、飛行装備まで付けた人型兵器を用いた侵攻をしている。 何かしら、パフォーマンスの意図でもあるのだろうか。  「それに関しては……君が戦っている間に答えが示されていたよ」 オガワは重々しい表情とともに、サイバーベルをポケットより取り出した。 スクリーンに、とある人物の映像が映し出された。 欧米人らしいくっきりとした目鼻立ち。 鷹のような眼光と、アイスブルーのその瞳。 中央分けの前髪から覗く突き出た眉間と、広い額には力強さ。 長髪からは権威を醸し出している。 召し物は、まるで宇宙に輝く星が散りばめられた、黒紫のファーがついた圧倒的な強者を誇示する、白と金の外套。 実に威厳ある出で立ちだ。 その人物こそ、ブラダガム帝国国家元首・モルト・フォン・ブラダガムだ。 荘厳な壇上に、悠然と立っている様子が映し出されている。 「……」 だがしかし、話し出す様子はない。 重苦しい沈黙が30秒ほど続いただろうか、その直後にモルトはゆっくりと話しだした。 「ひとつの。ひとつの悲劇があった」 深く、響くような声で続ける。 「愛する帝国国民の同志よ、覚えているだろうか。1ヶ月前の悲劇を。 我が国の未来のため、粉骨砕身の想いで尽くした若き同志が…この世を去った。 彼は、優秀な同志だった」 次の瞬間、両手の平を前に突き出すとともに、モルトの声量と速さに急に勢いがついた。 「しかし、彼はこの世にはいない!」 その声は、腹の底に響くような振動さえ感じた。 「道半ばで!九重の卑劣なる亜人の凶弾に倒れてしまったからだ。 この世界に蔓延る『亜人』 奴らは人に似て人に非ず、獣に似て獣に非ず。 奴らは我々同志の仲間だろうか?いや、違う!! 奴らは神に愛されなかった、劣等種に過ぎない。 所詮ヒトの姿を真似て、ヒトに近い悪知恵をつけた畜生に過ぎぬ! では、諸君に問おう。 何故若き同志はこの世を去らねばならなかったのか? 何故だ、何故だ、何故なのだ!!! それは、至極単純な理由だ! 『亜人が存在するから』だ。 奴らは爪を持ち、そして牙を持つ。 人に成り変わるときを、虎視眈々と狙っている」 右拳を天に掲げ、力強く大声でモルトは肉食獣のように吠える。 「ケダモノの牙に脅えるか、それとも奴らを皆殺しか! 同志諸君の答えは既に出ているだろう!! これは我々が、永久の安泰を手に入れるための正義の鉄槌! そうでなければ!九重に殺された若い同志は報われぬ!! 彼に報いるためにも、この正義は執行されて然るべきなのだ」 左手を広げ、真っ直ぐに地平線にぴしっと伸ばす。 右拳と合わせて、力と威厳を感じるような身振り手振りだ。 「愚かにも、九重共和国は化け物共を人と同等とみなし共に生きている。 奴らを人と見做す、奴らもまた化け物と変わりはない! ケダモノの牙に怯まぬ、我らの平和を願う騎兵たちよ! 進め!地を歩み、空を征け! 草原を駆ける騎兵となって、同志たちの安寧を取り戻すのだ! この戦いは!平和と自由を得る為の戦いである!」 演説の終わりとともに、耳をつんざくばかりの雄叫びが上がる。 帝国の士気高揚が、声だけでビリビリと伝わってくる。 オガワは、ちらりとヒヅルの顔を見る。 まるで鷹のように鋭い目をしており、その瞳の奥には黒く濡れた感情すら見えた。 オガワは、大衆煽動能力を持った敵と戦うことに、一抹の不安を持った。 モルトの演説は、心理効果的に気持ちを統一し、そして高める効果が非常に高い。 先ほどの勝鬨の声が、プレゼンとして適切かと言うことを証明しているからだ。 果たしてヒヅルは、共和国は強大な相手に、立ち向かえるのだろうか。
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