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Chapter1.5 スパイダーズ・ウェブ
第10.1話 起
新世暦110年 7月13日。
ヒヅルが華々しい活躍をするよりも過去の出来事。
キョウトという土地は、古くから存在する由緒正しい寺社仏閣が多い。
4年前、九重共和国全体で有志の徴兵募集があった際は、各地からお祈りに来る人でごった返した程、人々の信仰は厚い。
そんな土地柄だ。
ただし古くから火災や宗派の争い・移転などの諸事情により廃寺・廃神社になった場所も存在する。
歴史の重みがあれば、跡地として温かい場所となることも多々ある。
だが、世間には光があれば闇があることがつきものである。
中には人足が途絶えて、憑き物異形の溜まり場と噂される場所もある。
誠に残念ながら、時に若い青少年達の肝試しに使われてしまう。
『なんとか寺の跡地には、女の霊が出る』
『あそこの神社は零落した神が人を攫って喰う』
だの言われてしまうことが多い。
蓋を開ければ、そんな物事は結局物理現象や人の意志といった糸が、複数絡んで一本の結果を生み出しているに過ぎないことが多い。
それを知ってか知らずか、怖いもの知らぬ人間は足を運んでしまうのだ。
キョウト市内の高校に通う”彼ら”もそんな怖いもの知らぬ若者だ。
「昔さぁ、この辺に男に裏切られて発狂した娘がいて。
親に首を撥ねられて埋められたんだってよ。
で、その埋められたところが山の麓にある廃神社にさ、本殿の下で。
長い髪を振り乱し、血に汚れた服で
『なんで、なんで』って言いながら」
「はぁ、バカじゃあないか?
まずそんな事件が本当なら、古い新聞の記事が出てくるだろう?
そもそもカイ。
君が殺された側だったら、果たして自分が最期を迎えた辛い場所に化けて出るか?
まず自分の良い思い出の場所や、自分を殺した人間の枕元に出るだろう?」
蜘蛛の巣が張る錆びれた駐輪場。
カイとアキヒロが言い合う声にびっくりした蜘蛛が鉄柱の影に密かに隠れた。
「でも、前々からあそこでは『ゴトッ!』って首が落ちる音が響き渡るって噂が絶えないんだ。
これは確実に何かいる!」
「噂通り首を落とされたなら、なんで現れた幽霊は首ついてるんだ?」
理解を示さないアキヒロに、オーバージェスチャーで腕をぶんぶんしながらカイが力説する。
「実際不気味なんだよ。
あそこの前通るときに、すすり泣くような声を俺も聞いているし」
アキヒロが、ため息をつきゆっくりと言い放つ。
「はぁ~…君が筋肉にばかり血が通ってて、脳には新鮮な血液が通っていないとは思っていたがここまでとは思わなかったぞ」
「んだと!!馬鹿にするにしたって言い方ってもんがあるだろ!
でら失礼すぎやしねえか!!」
「あらぁ、小鳥も優しく囀るお日柄にお二人とも元気ね」
ハルミが2人の声を聞いて気づく。
左手を後ろ手に、右人差し指を口元にあててニコニコしている。
眼前のイマドキ女子がどうにも怖い笑顔に映ったのか、はたまた自分達へみっともなさを覚えたのだろうか。
カイとアキヒロはピタリと言い合いを止めた。
「こいつ幽霊が出るって言ったら、俺を馬鹿にしたんだよ」
ポケットに手を突っ込みながら静かに言うが、貧乏揺する足から苛々が明白だ。
ハルミ「ふーん、なるほど。
いるいないは別で、人を馬鹿にするのはダメよ。アッキー?」
それはもっともだ。
現象はともかく、個人攻撃は禁じられて然るべきことだ。
「まぁ…それはそうだな。筋肉バカと言って悪かった、カイ」
自分の非を正直に認めているらしいアキヒロ。
どこかバツが悪そうにしつつも素直に謝った。
「まぁいいよ。でもな、本当に山の麓の廃神社に幽霊が出るんだよ」
「うぅ~ん。その幽霊って具体的に誰も見てなくない?
カイカイが見たわけじゃないんでしょ?」
「う…それはそうだけどよ…」
確かに、それもそうなのだ。
本人は廃神社の敷地内に足を踏み入れてすらいない。
「じゃあ、答えは一つだな。検証に行こう」
真っ直ぐかつ真剣な眼差しでそう言った。
「それってつまるところ肝試しじゃないの」
「そうとも言う」
巫山戯たことを至極真面目に言っている現状にカイとハルミは『何言ってるんだコイツ』としか思うことができなかった。
ほとほと閉口する。
「やめとけって。肝試しなんざ近隣住民の迷惑になったり、ゴミを放置して帰るボケナス共のやる遊びだぜ?」
これ以上ない正論だ。
だが、陽キャのスポーツマンのような人種の見た目で言われると、少々反応に困る。
「待て待て、俺は馬鹿騒ぎして心霊現象を求めに行くわけじゃあない。
単純に物事には原因があって結果がある。
その2つが一本の糸でつながっているものなんだよ。
『幽霊が出る』という結果のタネになった原因を探りに行くだけだ。
無論、ナニカがいたらいたで面白いしな」
どうやら心霊検証という小さな旅は、この男の琴線に触れたようだ。
本気の本気で『幽霊の正体見たり枯れ尾花』したいらしい。
「わ、分かった分かった、悪かったって。
幽霊はいなかった!これでいいだろ」
「あたしは正直幽霊がいてもいなくても興味ないかな」
「なんだよ、カイ。お前が持ってきた噂じゃあないか。
本当に行くってなったら急に及び腰とか…いざ行くとなったらビビったか?
いいか、人にしたことは自分に返ってくるんだ。
因果応報、俺を怖がらようとした分お前に返ってこい!」
ビビってるのも多分にあるだろう。
が、それ以上に火が着いたアキヒロがめんどくさくなったのだろう。
ハルミは顎に人差し指を当て、ぼんやりと考える。
まぁ私には関係ないか、というのが彼女の結論だったのだろう。
「ま!この際二人で今から行ってくればいいんじゃない?
3時間ほど探偵の真似事しても夕暮れくらいで怖くないでしょ、ね?」
「なんだよ、ハルミも乗り気じゃないな?」
「私は女だし別にビビってると言われてもなんとも思わない。
んじゃ、また明日ね!」
元気に言い放つハルミの後ろ姿が遠ざかっていく。
男子学生二人は見つめることしかできなかった。
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