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第14話 最初のふたり
「修理完了です!突然の戦闘でしたが、お二方お疲れ様でした!」
「お、オダさん!いいってことよ!
敵の奇襲のうち、鹵獲パーツと生存の2名。
コレはこちらの駐屯基地に捕虜引き渡しでいいかい?
OKなら一旦現場責任ってことでサインお願いするぜ」
「大丈夫ですよ、ハンコしますね」
ウォルノが渡した数枚の紙に、オダは判が曲がらぬよう丁寧に押印をする。
ウォルノは小さく礼をして、駐屯兵に書類を手渡して割印の押された紙を折りたたんでファイルに収めた。
「引き渡し完了!破損箇所、オールオーケー!
補給物資リスト、全て積み込み完了!
これでよし、と!ではお二人共搭乗ください!
離陸します!」
ヒヅルとウォルノを乗せた輸送機が、ゴウゴウと音を立てて空へと離陸する。
しかし、ヒヅルの心持ちはこの雲一つない空のように澄んではいなかった。
彼には不思議でならなかったのだ。
ブラダガムの兵士は、敵だ。
ヒヅルの眼から見たら、彼らは九重共和国国民の命を奪ったり、国土を荒らしてきた騎兵でしかない。
奴らがいるから僕は家族を奪われた。
そうであるにも関わらず、彼らを生かしておくのは理不尽だ。
そしてふと疑問に思ったことが口から出てきた。
「なぜ生存していた敵兵を捕虜にする必要があるんだ」
頭部から生えた耳にイヤホンを入れる手を止めて彼は答えた。
「ん?お?そりゃあ当然だろ。
人材は貴重な資源だからな。
エネルギー資源こそ、全固体電池や水素エンジンをはじめヘブンズ・ギフトの恩恵でそれなりにマシにはなってきたが…人材って資源はそうはいかねえ」
椅子に深く座り直し、右手の指を振りながらウォルノは淡々と説明する。
「ヒト・亜人で差はあれど、まともに戦場に出られるくれぇになるには最低15〜18年はかかる。
クローン技術やアンドロイドを利用すれば2、3年で済むがコストが馬鹿にならねェ。
だから、即人材として起用できる敵軍の捕虜に雑用だったりをやらすのよ。
ま、結果敵国に愛着が湧いちまうヤツもいたりするらしいけどな。
俺がいた基地にも、捕まった捕虜が情にほだされてきって正規兵とか農地開拓やってたぜ」
……。納得がいかない。
捕虜上がりの帝国民が反撃したり、機密情報を持って逃げるかも知れないし、人を殺さないとも限らない。
あまりにも許容しすぎじゃあないか?
そんな奴らを生かしてたばかりに、残してきた友人がまた死ぬのなんかは僕は嫌だ。
当たり前に返答された言葉に、ヒヅルは心が曇っていく。
「ン?その顔は納得行かねえって顔だな。
彼らは帰化は出来ねえ、参政権も絶対に付与されない。
法を犯せば一発アウトで絞首台行きだ。
それでも、確かに全く奴らが殺人をしないって保証は無い。
だがな、別に命拾いしたやつのことをわざわざ殺す必要もまた無いと思うわけよ。
命はなんにでも一個しかねェんだ」
「ウォルノは甘いよ。
それで大事な人が奪われたらそれは…」
咄嗟に人差し指をヒヅルの口元にかざし、ウォルノが言葉を遮る。
「おっと、そこまでだ。
お前の行動理念は八つ当たりでしかねえぜ。
だから周りは何考えてるか分からねぇし、お前も理解が得にくい。
ま、若いなら何してえのか意味不明でも仕方ねえか。
カンナギ隊でもっと広い世界や考え方を学べばいいさ」
それだけ言うと、ウォルノはシートを倒し、頭の後ろで両手を組んだ。
…確かに今僕の行動を決めているのは、家族の復讐のため・数少ない理解者であるシキや高校の友人を失わないようにするためだ。
そのために一人でも多く敵を討つことが僕に今できる数少ないアクションだと思って兵に志願した。
でも、それは果たして狭い世界の話でしか無いのだろうか。
今の僕には自分の考えが間違っているとは思えない。
だが、ウォルノの言っていることも不思議と間違ってはいない気もしてしまった。
「ま、勿論お前の喪ったものへの気持ちの大きさも分かるぜ?
俺も似たような経験はあった、とだけ付け加えておくぜ」
そう語るウォルノの顔はどこか遠い目をしており、悲しげな表情であった。
ふたりの顔に、雲の切れ間から陽の光が差し込む。
「それに、帝国もやるこたぁ同じよ。
こっちの兵士や拉致った人員をフツーに使ったりしてるわけだしな。
俺らが倒したFSに九重出身のやつがいなかったとも限らねえ」
「じゃあ、共和国の人が普通に帝国領土内に?」
「あぁ、中には安穏と暮らしてたりする人もいるだろうぜ。
ちゅーか、お前さんの家族って存在のこと聞いてすらいなかったな。
どんなご家族さんだったんだ?」
「あ、あぁ。まず、僕には妹がいたんだ。
黒い髪に、毛先が赤っぽくてさ、僕とお揃いでこの筒を下げてたんだよ。
それでね……」
ヒヅルが首から下げていた筒をウォルノに差し出す。
少年はその中から角が焼けた写真を取り出し、家族の一人一人を説明している。
ふたりを載せた輸送機の頭上には、輝かんばかりの太陽が差し込んでいる。
目下には穏やかな日差しに照らされ、アヤメの花が咲き始める田園風景が広がり続けていた。
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