Chapter2 カンナギ飛翔 〜diviners High〜

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第15話 モンゴルを吹く冷たい風  モンゴル地区最西端、帝国・共和国境界付近。 この地区は険しい山間部を挟んで国境線が続いている。 急峻かつ悪路の上、強風が吹き荒れるために戦車や航空機の進軍が難しい・ 加えて息も凍る低気温地帯だ。 「あーあ、なんでこんな環境でずっと駐留しなきゃならねえんだか」 「仕方ないだろう、国境線だぞ。 不可侵条約もない以上、いつ攻めてくるか分かんないぜ? 山のてっぺん超えて、麓の村だけでも占領できりゃあなー」 「そしたら敵の女も村娘もみーんな捕まえてみんなで手籠めにするか、アッハッハ!」  厳しい自然環境、山の端に日が落ちる頃。 帝国兵士は、テントの中でレーション缶底の脂肪塊をかき集めながら笑い合う。 精神が摩耗する上に、娯楽もない兵士たちにとっては、穢れた妄想をするのが唯一の楽しみでしかないのだ。 「そんな体力があるなら、お前らは十二分に山を越えられそうだな」 テントの入り口を払いのけるようにエルムが兵士たちを侮蔑の目で皮肉った。 「お、お帰りなさいませ!エムル殿! い、いかがでしたか。九重の新型は」 「機体は素晴らしい出来だが、パイロットは大したことはない。 皇帝に送った報告書を後で共有する」 立ち上がり、エムルに敬礼をしながら兵士がバラバラに返答をする。 返答の統率も取れていない軍、か。 こんな美しさに欠ける軍を任されるとは……。 ”父さん”は僕を試しているのだろうか。 こいつらを調教した上使い倒して、侵攻を成功させたら父さんも……。 偉大な父を持つことは、光栄ながらも大きなハンディでもあるのだな。 「30分後に本国より増援が到着する。部隊全員を招集しろ」 「ということは遂に…」 「あぁ。そうだ」 少々のにやつきをしながら、エムルは短く返した。  程無く帝国軍輸送機が、雑に整地したヘリポートに着陸した。 「まず、イゾルディア1、ゴブ=マーグ11機の計12機です。 こちらに輸送完了のサインを」 「12機?いやに少ない戦力だな」 サインをサラサラと書きながらエムルは顔をしかめた。 「問題ありません。どれも新開発の機体です。 特にイゾルディアは『メアリー・ブルーオード』様の特注機でして……」 聞き慣れない名前にエムルが顔を上げ反応する。 「誰だ?我が軍でそんな馬鹿げた名のエースは聞いたことがない」  「じ、実は我々もよく知らないのです。 バイネジアム研究所で、特殊な処理をされた兵士ということ以外不明な上……」 「なんだ、言ってみろ」 「その戦闘の様子は……」 風が吹きすさぶ中、恐れおののきながらも兵士は語るのであった。 「ほう、面白いじゃないか」  じき輸送機が本国へ帰還する準備が完了する。 「輸送と報告、ご苦労」 「エムル様、お待ちください。もう1機、エムル様の専用機もお持ちいたしました」 仏頂面だったエムルが、途端にニヤリとする。 「こちら、エムル様の機体”メドラード”でございます」 ワインレッドの影を見上げたエムルは、踵を返し号令をかける。 「駐留兵士団!全員外に5分以内に整列!」 山脈に吹き付ける風が吹きすさぶ中、兵舎やテントでは黒い影たちがぞろぞろと蠢く。 5分もせずに、兵士たちは整列を完了した。 兵士団の前に立つエムルは、神妙な面持ちで兵士たちを睨んでいる。 「これより、国境を超えた山岳攻略侵攻作戦を開始する」 一挙に兵士たちがざわつく。 「で、ですが長年攻めあぐねていた地域です、そんな急に」 「ウオォー!名誉と女が待ってらぁ!」 ある者は怖気好き、ある者は血気盛んにはやる気持ちを抑えずにいる。 「静まれ!確かに不安を覚えるものもいるだろう。 …………だが、此度。我々は万全の準備が整った」 エムルの演説は、雑兵の注目を集めるほどに魅惑的な雰囲気があるようだ。 先ほどまでどよめいた兵達が一糸乱れずエムルに向き直っている。 「新たに本国から引き渡された13機のFS。 メドラード、イゾルディア、そして11機のゴブ=オーグ。 この13機で明朝、日の出とともに作戦を開始する! 質問がある者はいるか!」 呼応するかのように、はい!とひとりの兵士が手を挙げる。 「貴様、名は!」 「エール・ジャージン二等兵であります! 敵も厳重警備で、多数のFSを配備しております。 たった13機、しかも操縦経験も皆無で攻略可能でしょうか?」 金髪をスポーツ刈りにしている、鼻の高い兵が威勢よく尋ねる。 「いい質問だ!結論から言うと問題はない。 ひとつ、エース級が"ふたり"いることだ。 ふたつ、"ある操縦システム”を解析し、組み込んである。 貴様らもまるで手足のように、あの巨人(フレームスーツ)を動かせる」 「エースが……"ふたり"?」  エムルは淡々と語り始めた。 「イゾルディアのパイロット、メアリー・ブルーオード少尉。 彼女は1人で1小隊丸々壊滅させている。問題はあるまい。 そして、もう1人は」 そこで言葉を止め、エムルは余裕ある笑みを浮かべた。 「この俺、エムル・V・ブラダガムだ」  この演説の7時間後。 山脈の向こう側に共和国民の亡骸が死屍累々と積み上がっていた。 「あーあ、市民まで1人残らず……これじゃあ酒池肉林は無理じゃあねぇか」 「惨い、惨すぎる」 その有り様は人の所業とは思えないほどだ。 非戦闘民も兵士も問わず、皆細切れの肉片と化した。 その様子を俯瞰し、エムルは輸送兵の言葉を思い出す。 『その戦闘の様子は、人の所業と思えぬものでした。 1人残らず、バラバラの細切れにされており……その姿は返り血に濡れていたのです。 その姿からついた二つ名は……』 『"ブラッディ・メアリー"』  「なるほど、その名に恥じぬ働きじゃあないか」 そう呟くエムルの目線の先には、真っ赤なまでのマシンオイルと血脂に濡れたイゾルディアの姿があった。 そのコックピットには、血に濡れたように真紅色の髪をした幼い少女がいた。 そしてその首からは、ヒヅルと同じあの筒を下げていたのであった。 「初めてのパートナーとしてふさわしいじゃあないか。 今後も、期待しているよ。"ブラッディ・メアリー"さん」
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