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第16話 新天地へ
ヒヅルが外を眺めると、既に夕方に差し掛かかりかけていた。
目的地へはあと1時間といったところか。
『別に命拾いしたやつのことをわざわざ殺す必要もまた無い』
『お前の行動理念は八つ当たりでしかねえぜ』
ヒヅルの胸中には、ウォルノの言葉がずしりとのしかかり続けていた。
僕の家族やアキヒロを殺した帝国兵士は、もしかしたら捕虜として安穏としているのかもしれない。
ウォルノは『僕に大事なものを奪った奴が生きることを許容しろ』と言うのだろうか。
今の僕には、到底不可能だ。
逆にもし、その帝国兵士が既に亡くなっていたら?
直接の仇は既にこの世にいない。
けれど、その命令を下した上官・ひいては皇帝は生きている。
彼らを討てば……討てばどうなる?
確かに僕の復讐の旅は終わる。
その先に何があるだろうか。
世界はひとつになる?
戦争のない世が来るのか?
誰も傷つかない?
世界も政治も簡単ではない。
そんなことはガキの僕にも分かる。
そして敵の兵士を殺すということは、僕も誰かの大切な人を奪うことに他ならない。
ウォルノにさっき説かれるまで、帝国軍を犬畜生の様にしか思っていなかった僕には『敵も一人ひとりが誰かにとって大切な人』であることがすっぽりと抜けていたように思える。
いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。
復讐のために、闇雲に人を殺すことは……果たして正しいのだろうか?
それに気づいた今、僕に人にその銃口をむけられるのだろうか?
僕には……何も分からない。
なんのために……。
「おい、起きろ。コノヤロウ」
ウォルノの声が不意にヒヅルの意識を揺り動かした。
どうやらいつの間にかまどろんでしまっていたらしい。
既に輸送機はキュウシュウ地区某所の基地に着陸している。
「お二人共、トラブルはあったものの長旅お疲れ様でした!」
オダさんは満面の笑みで、出入り口の扉を開ける。
そうだ、なんのために戦うのかも、銃を向けられるかも、すぐ答えは出てこない。
もしかしたらこの扉の先に、その答えが待っているのかもしれない。
ヒヅルはウォルノと共にドアの前に立ち、緊張と興奮が入り混じった表情を浮かべていた。
ウォルノをちらりと見上げる。どことなく余裕ある横顔だ。
ドアの向こうには、遠くに青々とした草原が広がっているのが見えた。
さわやかな風が吹き、落ちかけた陽光が眩しく輝いている。
ヒヅルは一度深呼吸をした。
彼らは、新たな戦いの舞台への一歩を足を踏み出したのだ。
「お待ちしておりました。
特別任務執行部隊『カンナギ隊』ヒヅル・オオミカ曹長、並びにウォルノ・マイシー曹長。
キュウシュウ地区、司令官のムネトラ・タチバナです」
碧眼に茶交じりの髪、風が吹くような爽やかな30代の好青年、といった印象の男が部下とともに出迎えた。
「誠にありがとうございます、ウォルノ・マイシー曹長であります。
カンナギ隊着任のため参じました……ホラ」
肘でコツコツと小突かれ、ヒヅルも敬礼をする。
「カンナギ隊に抜擢された60名のうち、まだ計5名しか到着していません。
一度お二人を仮の宿舎にご案内します。
ギン、お二人の荷物を」
気の強そうな女性が、無表情のまま二人のキャリーケースを手に取った。
仮宿舎に案内されるまま入る。
簡素ながらベッドや机が整然と配置された、清潔な部屋だ。
壁には地図やメモが掲示されており、直近まで使っていた様子がうかがえる。
「都合、2人で一室ですが。
主要施設は秘書のギンが案内してくれます。私は業務もあるのでこれで」
ウォルノは立ち去るタチバナに敬礼した。
そのまま窓の近くに立ち、少々警戒している。
彼の鋭い瞳は何を見ているのだろうか。
「なあギン女史。タチバナ司令官っていくつなんだ?
とても司令官って年齢に見えない若さだが」
「齢46になります。あの方は亜人のクォーターですので少々若く見えるだけです」
2人は声も出せないまま、目を丸くした。
ヒヅルは疲れた身体をベッドに沈め、一息ついた。
しかし、ウォルノは休む素振りもない。
「なァ、何故俺たち途中で襲撃にあったよな」
寝転ぶヒヅルのベッドのへりに座り、静かにウォルノが語りかける。
「共和国中のエリート、ここに集めてるんだろ?
ってこたァ、帝国が不意を突いたら一網打尽じゃあねェか。
その上俺たちの移動はバレてた……それってよォ……マズイいんじゃあねえの?」
心配そうな横顔がちらりと目に入る。
「ありがとう、みんなを案じてくれてるんだ」
「ヘッ、それだけじゃねェよ。相棒が死んだら困らァ」
ベッドに仰向けになるヒヅルの頭を、ウォルノの太い腕がわしゃわしゃと撫でた。
ヒヅルはウォルノの姿を見つめながら、感謝の気持ちを仄かに抱いた。
心強い味方であり、なんとなく兄のように感じた。
30分後、ギン女史に会議室棟へと案内された。
「艦長、並びに副艦長。先にお二人をお連れしました」
「失礼します。ヒヅル・オオミカ曹長です」
「同じくウォルノ・マイシー曹長です」
「来た、か」
最奥の椅子がくるりとこちらを向く。そこには……
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