Chapter2 カンナギ飛翔 〜diviners High〜

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第16話 新天地へ  ヒヅルが外を眺めると、既に夕方に差し掛かかりかけていた。 目的地へはあと1時間といったところか。 『別に命拾いしたやつのことをわざわざ殺す必要もまた無い』 『お前の行動理念は八つ当たりでしかねえぜ』 ヒヅルの胸中には、ウォルノの言葉がずしりとのしかかり続けていた。 僕の家族やアキヒロを殺した帝国兵士は、もしかしたら捕虜として安穏としているのかもしれない。 ウォルノは『僕に大事なものを奪った奴が生きることを許容しろ』と言うのだろうか。 今の僕には、到底不可能だ。 逆にもし、その帝国兵士が既に亡くなっていたら? 直接の仇は既にこの世にいない。 けれど、その命令を下した上官・ひいては皇帝は生きている。 彼らを討てば……討てばどうなる? 確かに僕の復讐の旅は終わる。 その先に何があるだろうか。 世界はひとつになる? 戦争のない世が来るのか? 誰も傷つかない? 世界も政治も簡単ではない。 そんなことはガキの僕にも分かる。 そして敵の兵士を殺すということは、僕も誰かの大切な人を奪うことに他ならない。 ウォルノにさっき説かれるまで、帝国軍を犬畜生の様にしか思っていなかった僕には『敵も一人ひとりが誰かにとって大切な人』であることがすっぽりと抜けていたように思える。 いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。 復讐のために、闇雲に人を殺すことは……果たして正しいのだろうか? それに気づいた今、僕に人にその銃口をむけられるのだろうか? 僕には……何も分からない。 なんのために……。  「おい、起きろ。コノヤロウ」 ウォルノの声が不意にヒヅルの意識を揺り動かした。 どうやらいつの間にかまどろんでしまっていたらしい。 既に輸送機はキュウシュウ地区某所の基地に着陸している。 「お二人共、トラブルはあったものの長旅お疲れ様でした!」 オダさんは満面の笑みで、出入り口の扉を開ける。 そうだ、なんのために戦うのかも、銃を向けられるかも、すぐ答えは出てこない。 もしかしたらこの扉の先に、その答えが待っているのかもしれない。 ヒヅルはウォルノと共にドアの前に立ち、緊張と興奮が入り混じった表情を浮かべていた。 ウォルノをちらりと見上げる。どことなく余裕ある横顔だ。  ドアの向こうには、遠くに青々とした草原が広がっているのが見えた。 さわやかな風が吹き、落ちかけた陽光が眩しく輝いている。 ヒヅルは一度深呼吸をした。 彼らは、新たな戦いの舞台への一歩を足を踏み出したのだ。 「お待ちしておりました。 特別任務執行部隊『カンナギ隊』ヒヅル・オオミカ曹長、並びにウォルノ・マイシー曹長。 キュウシュウ地区、司令官のムネトラ・タチバナです」 碧眼に茶交じりの髪、風が吹くような爽やかな30代の好青年、といった印象の男が部下とともに出迎えた。 「誠にありがとうございます、ウォルノ・マイシー曹長であります。 カンナギ隊着任のため参じました……ホラ」 肘でコツコツと小突かれ、ヒヅルも敬礼をする。 「カンナギ隊に抜擢された60名のうち、まだ計5名しか到着していません。 一度お二人を仮の宿舎にご案内します。 ギン、お二人の荷物を」 気の強そうな女性が、無表情のまま二人のキャリーケースを手に取った。  仮宿舎に案内されるまま入る。 簡素ながらベッドや机が整然と配置された、清潔な部屋だ。 壁には地図やメモが掲示されており、直近まで使っていた様子がうかがえる。  「都合、2人で一室ですが。 主要施設は秘書のギンが案内してくれます。私は業務もあるのでこれで」 ウォルノは立ち去るタチバナに敬礼した。 そのまま窓の近くに立ち、少々警戒している。 彼の鋭い瞳は何を見ているのだろうか。 「なあギン女史。タチバナ司令官っていくつなんだ? とても司令官って年齢に見えない若さだが」 「齢46になります。あの方は亜人のクォーターですので少々若く見えるだけです」 2人は声も出せないまま、目を丸くした。  ヒヅルは疲れた身体をベッドに沈め、一息ついた。 しかし、ウォルノは休む素振りもない。 「なァ、何故俺たち途中で襲撃にあったよな」 寝転ぶヒヅルのベッドのへりに座り、静かにウォルノが語りかける。 「共和国中のエリート、ここに集めてるんだろ? ってこたァ、帝国が不意を突いたら一網打尽じゃあねェか。 その上俺たちの移動はバレてた……それってよォ……マズイいんじゃあねえの?」 心配そうな横顔がちらりと目に入る。 「ありがとう、みんなを案じてくれてるんだ」 「ヘッ、それだけじゃねェよ。相棒が死んだら困らァ」 ベッドに仰向けになるヒヅルの頭を、ウォルノの太い腕がわしゃわしゃと撫でた。 ヒヅルはウォルノの姿を見つめながら、感謝の気持ちを仄かに抱いた。 心強い味方であり、なんとなく兄のように感じた。  30分後、ギン女史に会議室棟へと案内された。 「艦長、並びに副艦長。先にお二人をお連れしました」 「失礼します。ヒヅル・オオミカ曹長です」 「同じくウォルノ・マイシー曹長です」 「来た、か」 最奥の椅子がくるりとこちらを向く。そこには……
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