Chapter3 Smoke on the water

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第25話 覚醒のヒヅル ~Perfect Stranger~  セイラ、父さん、母さん、アキヒロ……仇は取れなかったよ。 その瞬間、走馬灯だろうか。 シキの言葉が頭をよぎる。 『太陽神のように、世界を照らす希望に……』 そうだ、まだ誰の希望にもなれてない。 僕は、僕は……まだ死ぬわけには!いかないんだ!!!! 『太極図システム パイロット適合率 118%』 『Genetic(ジェネテック) Code(コード)』 『Fragments(フラグメンツ)AL-VANA(アルヴァーナ)”』 スクリーンに青緑色の文字が映る。 同時に、突然ヒヅルの全身を研ぎ澄ましたような感覚が走った。 「終わりだあーーーーッッッ!!」 バスターソードが当たる直前、右手の壊れたカービンを捨てる。 そのまま膝内のビームセイバーを、セイバー格納部のスプリングで跳ね上げキャッチする。 一瞬の、出来事だった。 「何ィッ!!!」 逆手に持ったセイバーでそのままバスターソードを弾いた。 そのままメドラードの腹部に、膝蹴りを入れ吹っ飛ばす。 「ぐううぅぅぅ!!」 ヒヅルの瞳は突如青竹色に輝き、右目元には羽根のような痣が浮かんでいる。 感じる。アマテラスにあたる風も、眼下の波の音も、メドラードの細かい駆動音も。 まるで僕自身がアマテラスのようだ。 すかさず海上をホバーするゴブ・オーグ2機がショットガンでヒヅルを狙う。 「……」 ヒヅルが言葉も発さずに、腰両側面のバーニアを外し敵に放り投げた。 フィリスの眼にはヒヅルの行動は意味不明だった。 「何をしてるの、ヒヅル君!?」 敵が散開する直前にバーニアをビーム砲で撃つ。 当然、推進剤の残ったバーニアは爆発を起こし煙幕になる。 敵のターゲットが外れたところを、背部ビーム砲塔を前に向け、敵を撃ち貫く。 左右の機体バランス回復、及び追撃機の破壊OK。 次。フィリスは……後方の近距離か。 この位置取りなら! 「フィリス。海上、僕の方へ。今から視界が悪くなるよ」 「え、一体何を!?」 「逃さない」 「ヒヅル!貴様ァァ!!!」 海をホバーするフィリスを、合流へ向かうアマテラスを、イゾルディアとメドラードが追いかける。 ヒヅルはフィリスの方へ反転し、急降下する。 そのままビームセイバーを海に向かって投擲する! 海にセイバーが刺さると同時に、ビームの熱で海が蒸発する。 海上に溢れんばかりのスモークが立ち込める。 「狙い通り」 水蒸気が上がり、ヒヅルとフィリスの2機を包み込む。 「視認不能。…………!?」 「そこだ!」 煙の中から飛び出したフィリスが、クナイでイゾルディアの両腕を切り飛ばす。 水蒸気でマドゥ=クシャに狙いを定められない間に、接近を許してしまう。 「……スカート起動。ケーブルクラッシャー」 「遅い!」 イゾルディアのスカート部からビーム刃の付いたアンカーが伸びる。 背中の忍者刀を抜き、逆手のままアンカーの穂先を切り裂くフィリス。 「戦闘続行困難……エムル様、撤退します」 終始メアリーは何一つ表情を変えることがなかった。 「やられたか、小賢しい手を! 貴様ら!水蒸気に向かって撃ちまくれ!」 横柄にも、先程まで邪魔だと煙たがっていた一般兵達へ、エムルが指示を出す。  その瞬間! 煙の中を割って、幾重もの赤い閃光が、エムルの周囲を取り巻いていた量産機の胴を撃ち抜き落とす! 「なっ!あいつ、こちらが正確に見えているのか!?」 何故だろう、風の向きで、音でどこに敵がいるのか。 そしてエムルが次にどうするのかも、手に取るようにわかる。 「だが、水と風圧で水蒸気を吹き飛ばせば!」 エムルは水面を割るように、バスターソードを下から振り上げる! だが、煙中のなかにアマテラスの機影は既になかった。 「消えた!?……そうか!上か!!」 ヒヅルは既に、自身が刺したセイバーを踏み台に、もう一度飛び上がっていたのだ。  脇の下を通したビーム砲をエムルに向ける。 カチッ、カチッ。 だが、ビームはエムルに飛んでくることはなく、空砲の音が虚しく夜空に響く。 「馬鹿が、エネルギーダウンか!詰めの甘い!!」 残る2機のバーロックが背後から、眼前からはバスターソードを振り下ろすメドラードが襲い来る! 「ヒヅル!ダメッ、逃げて!!」 フィリスが声を上げる。  勝った!エムルがそう思った瞬間。 メドラードは右腕をソードごとふっ飛ばされ、背後のバーロックは胴を撃ち抜かれて爆発していた。 「な、何が……!?」 アマテラスはエネルギーダウンなどしていなかった。 ビーム砲へのエネルギー供給を一時的に止めていたのだ。 エムルは途中から遠距離武器を使っていない。 それは既にシールド内の武器残弾が無くなったことを示している。 一方ヒヅルの今の射撃精度では、メドラードに当てることもできない。 もし当てられたとしても、多勢に無勢の状況では他の量産機に追い詰められるのは時間の問題だ。 「騙し討ち、させてもらったよ。 遠・中距離武器が使えないとなったら、君は僕を叩き斬りに来る。 その瞬間を狙って、左手のブーメランで右腕を吹っ飛ばした。 これなら僕でも君に当たる」 そのまま、かかと落としで海上へとエムルは叩き落とされた。 「バカなッッ!俺は、俺は!」 「背後の敵は、ビーム砲塔を後ろに向けて正確に撃ち抜かせてもらったよ。 見なくてもどこにいるか。今の僕には、手に取るように分かる」 「クソッ、クソッ!畜生がああァァーッッ!!」  エムルはそのまま、イゾルディアのケーブルに捉えられた。 「撤退します」 「離せ!俺は、僕はッ!まだ負けてない!」 「ダメですエムル様。ラインハルト中将と合流せよとの命令です」 まるで駄々をこねる子供のように、メドラードは引っ張られつつ撤退した。 「ふぅ。フィリス、大丈夫?」 「あ、ありがとう。あなたさっきの動きは?」 フィリスの眼にはさっきまでとは違う、澄み切った目をした少年が映っていた。 「さぁ、カンナギに着艦しよう。 さっきより速度・高度を落としてくれているから、追いつけるよ」 今ヒヅルの脳には、『仲間のもとに戻る』という目的だけが浮かんでいる。 彼は今足元に感じている波の冷たさも、風の響きも、海の塩辛さも情報として知覚している。  にも関わらず、彼の思考はまるで静かに波を立てる海のように澄み渡っていた。
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