Chapter3 Smoke on the water

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第26話 海上の香煙(スモーク・オン・ザ・ウォーター) 「シードル様。ご報告が」 「エムル様が負けましたか?カール中将」 分厚い本の行間から、目も逸らさずにシードルが冷静に答える。 「え、どうしてそれを?」 「容易に想像がつきます。 概ね、大陸を突っ走ってなまくら刀(カンナギ)を落とそうとして返り討ち、と言ったところでしょう」 考古学の本をパタン、と閉じ樫の木に真紅の布が輝くデスクに置く。 「彼への進軍停止の通達が遅れましたからねえ。 加えて手柄を立てることに焦っている。当然の帰結です」 「はぁ……、時にエムル様を如何しますか? 大陸に引き上げるだけの余力は、今のエムル様には……」 シードルの鋭い洞察に驚嘆を隠せないようだ。 「既に保険で、ラインハルト中将の艦へ撤退するよう依頼しました。 『なまくら刀と再戦する機会はすぐだ』と伝えれば乗り気になります」 室内の照明を優しくさすりながら、シードルが落ち着いた口調で返答する。 「ではその手筈で」 「それともう一つ、エムル様は『誰に』負けたのか?」 唐突な質問にカールは戸惑う。 「共和国の紅白の色をした最新機体、と聞き及んでいます。 スポーク曰く搭乗者はヒヅル、というまだ17の少年とのことです」 「…………。なるほど、ありがとう」 「あの、私からも宜しいでしょうか」 「ええ」 「一体なんの本を読まれていたのですか?」 中将の問いに、口元のみで笑いシードルが答えた。 「エメラルドの瞳を持つ、女神の神話ですよ」 ~カンナギ艦内~ 「はいはいはい、ヒヅルくんと、フィリス嬢が着艦するよ〜。 みんなどいてねぇ」 クニトモが指示を取り、アマテラスとマドゥ=クシャがドックに搬入される。 「損傷パーツの交換を急いでくれよぉ、全くさ。 まだ再出撃の可能性があるんだから……お、英雄が降りてきたよ」 パイロットブロックから、少し疲れた様子のヒヅルが降りてきた。 「やあやあ、さっきの戦闘すごかったねぇ〜。 データを解析しないとわからないけど、今後が楽しみだよ、ぼかぁ」 「クニトモさんがアームズを付けてくれたからです。 ありがとうございます」 少々息があがったヒヅルと、そこに近づいてくるフィリス。 「ヒヅル君、さっきはその……ありがとう、助けてくれて」 「ヒヅルでいいさ。君が無事で良かった……か、ら……」 フィリスやクニトモさんが僕を呼んでいる気がするな……。 そのままヒヅルの意識は遠のいた。  「ミランダァ!こちらウォルノ!! もう俺もジェゴ隊もエネルギーがねェぜ!! 俺ァここで死ぬのと、艦内引っ込むのとどっち選べばいいんだ?」 手汗がダラダラになりながらも、ウォルノは軽口を飛ばす。 「ふざけてないで!みんなを連れて引っ込んで!」 「あと少しだってのに……すまねェな」 力の無くなったブーストでヤクシャがハッチへと向かう。 それは、彼らの前線での満身創痍の頑張りを表していた。 「まだ台湾連邦地区へは距離が遠い。ピンチは終わっとらんな」 「分かっている、ジェイ」 流石にミランダも少々焦る。  未だ後方から襲い来る銃弾の雨が、撃ちつけてくる。 だが、そのうちの一発がカンナギの後方エンジンに直撃し、大きな衝撃が走る。 「エンジン被弾!高度が下がるネ! このままでは、連邦地区に着く前に海の中ヨ!」 チョウが焦燥の声を上げて叫ぶ。 「残党に叩き落されても海の中よ! こうなったら……。ジェイ、反転して最も近い陸地へ! 重粒子イオン砲も準備!」 「1度陸へ逃れて体勢を立て直す、と。 活路は切り開けるが……着陸できたとして袋叩きだ」 ジェイがミランダを嗜める。 どうすれば、どうすれば……。 何もできずに私達は終わるの? ミランダの額に汗がにじむ。 「ア、あの!」 勢いよく立ち上がるチョウに、クルー全員の眼が集まる。 「このまま北西沖合の伊忌島に着艦すルのはダメ?」  伊忌島(いきのしま)は、九州地区北西に存在する小さな島だ。 大陸と日ノ本地区の中間に存在し、帝国側の北方ソビエト地区への牽制拠点である。 共和国としては軍事的重要地点であり、滑走路も存在する。 着艦も可能であり、敵も半端な装備では手出しが容易ではない。 「けれど、それでも距離が遠くて辿り着けるかは……」 「辿り着かせてみせますよ」 突如、数多くの誘導ミサイルが敵を粉砕する。 まさか! 「こちら、ムネトラ・タチバナ。 海上戦艦オオワタツミ、これよりカンナギを援護します ギン、ありったけのミサイルとCIWSで落とせるだけお願い」 タチバナは危険を顧みず、ここまで来たのだ。 「た、タチバナ司令官!」 「ミランダ艦長。私が仰せつかったのは、あなた方の第一歩を護り抜くことです。 その任務があと一歩で失敗、なんてことは許されません」 「漢、だな」 硬い表情をしていたヨシヒロが微かに、どこか悲しげに微笑む。 「……恩に着ます。タチバナ司令官。 我々は伊忌島を目指します……チョウ、通達お願い」 ミランダは帽子を目元まで下げつつ、指揮を出した。 彼女には、分かっているのだ。 タチバナの眼に、カンナギの影は小さくなっていく。 「さぁ、ここからは通しません。 皆さん撃てるだけ弾を撃ってください、一機でも多く落としましょう」 海上、空中両方のブラダガム機が羽虫のように落ちていく。 オオワタツミも無事ではない、猛攻に晒されて火の手が点々と上がる。 遠景から見えるそれはまるで、死体に群がるハエのようだ。 「全弾撃ち尽くしました。弾切れです」 「ありがとう、ギン。全員対艦。 FSで控えている方々は、ボートを護衛しつつ陸へ戻ってください」 「ですが、あなたを残しては!」 クルーたちがざわめく。 「では、もう一つ命令です。 『生きてください』」 ざわつきが止む。 タチバナの気持ちが変わらないことを、部下を誰よりも思い遣っていることも全員が分かっているのだ。 クルー達は無言でタチバナに敬礼をする。 「ギン、君も行きたまえ」 「拒否します」 「命令違反、か。始末書と反省文だな」 「覚悟は、とうに」 2人は短く言葉を交わすだけであった。  FS各機とボートが脱出し、艦影と周囲のハエたちが遠く見える。 次の瞬間……、大きな轟音とともに激しい光と爆発が、オオワタツミが包んだ。 その様子はカンナギのレーダーも捉えていた。 全員が、タチバナとギンの最期の勇姿に敬礼する。 オオワタツミの自爆に殆どの追手は巻き込まれ、沈んだ。 タチバナ達は最期まで任務を全うしたのだ。 「彼の命も背負って、我々は戦い抜かねばなりませんな」 「わかっておる。これも戦争だ。 伊忌島の基地へ、着艦許可を送って……」 ジェイがポツリといい、気丈に振る舞う。  伊忌島が視認できる距離まで近づく。 カンナギは海上で煙を上げながら、その小さな要塞へと向かうのであった。
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