Chapter0 Prologue

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Chapter0 Prologue

1.~バタフライ・エフェクト~ 前編  大陸の東端。かつて日の本と呼ばれた国の桃園(とうえん)高等学校。 学校の対面のファミレスで、二人の男子高校生が歴史の教科書を開き、だらだらと話す。 その様子はまるで至って真面目に見えて、遊んでるだけのありふれた学生だ。 「なんか僕たちさ、真面目な学生に見えるね」 「バカ!ヒヅルが全っっったく授業を聞いてない埋め合わせをしてるだけじゃあないか」 怒られた少年は赤黒い瞳を細め、黒柿色の髪を揺らしながら笑う。 「それはごめんってば、お礼にこうきてご飯奢って……ホラ!パフェもオマケでさ」 「どぉーこの世界に、野郎二人でパフェを食って喜ぶヤツがいるんだか」  話は3時間前に遡る。 「……ヅル」 「おい、ヒヅル!いつまで寝てるんだ。 次のテストこそ歴史で赤点とっちまうぞ」 明るいカラっとした声に意識を戻される。 目の前には、前わけの黒髪の間から瞳をのぞかせる親友の姿。 どうにも、歴史の先生の口調は、眠気を誘う。 「しょうがないよ。 こんな窓際の席でさ、お経のように淡々とした声を聞いてたら、眠くなるって。 アキヒロは、よく起きてられるね」 ヒヅルが腕を組み、机に突っ伏しながら言う。 「俺は誰かさんと違って、大体の授業を寝ててもなんとかなっちまう脳みそはしてないからなぁ、えぇ」 春先の暖かく包み込む陽光は、ヒヅル・オオミカには睡眠剤よりよく効く。 なんとかなる自頭の良さ。 寝てしまってもいいやという甘え。 これらが尚更助長しているからタチが悪い。 「あ、近現代史が今回はやばくて……。 今日の学校終わりに教えてよ。 晩飯代くらい出すから、お願い!」  その結果として、彼らは実にもならなそうな勉強風景に身を落としている。 「ヒヅルわかったか? 俺らの国は、当時の環太平洋地域が9つの同盟国を経て、九重共和国(このえきょうわこく)になったんだよ」 「そこは理解したけど、なぜ協力して大きな共和国に? そこの理解がイマイチ」 毛量の多い髪をかきながら、整った顔で悪びれもせず答える。 「そりゃそうだろ。 ブラダガム帝国の成立とか、そもそも世界が戦争始めた理由の授業の時、学校すら来てないものな。 俺に『なんか乗り気じゃないから〜』とか、携帯で電話してきたじゃんか」 「あ、残念でした。僕はもう次世代。 サイバー・ベルに変えたんだ〜見てよ、この液晶?かな? この機械から空中に3Dスクリーンが映し出されるんだ」 そう言うと、ヒヅルは買ったばかりのサイバー・ベルを、呑気に取り出す。 直前まで見ていたであろう動画サイトが、まるでそこにあるかのように空中にスクリーンに表示される。 3D上には【ブラダガム、九重東方にて領空侵犯か】との赤文字が、緑を基調としたスクリーンとのコントラストを描いて表示されていた。 「んなこたぁどうでもいい。 じゃ産業革命を迎えたのはなんで?」 「えっとぉ、遺跡がどうのこうの」 「……。俺が説明するからちゃんとノートとれ」  西暦1740年。 人類は世界各国で同時多発的に遺跡を発見。 この遺跡群は、古代技術を明らかに超えた『オーバーテクノロジー』により構成され、数々の常識を覆すような技術が、封印されていた。 だが、その技術は各国の政府により秘匿された。  時は過ぎ、20年後。 人々はかつて遺跡から発見された技術を『ヘブンズ・ギフト』と呼称。 その技術群により、人々は産業革命を迎えることとなった。  だが、その繁栄は……あまりにも急すぎた。 たった1年で世界中を車が走り、10年で携帯端末を誰もが持ち、電波と機器類により世界中の情報を得られるようになった。 しかし、その繁栄には既に陰りがあった。 急速な発展についていける資源が、この星には残されていなかったのだ。 その結果、侵略と戦争の勃発。 ヘブンズ・ギフトの技術により、強大化した欧米諸国は戦争と併合の末に『ブラダガム帝国』へ統一。 帝国は、世界を支配せんと動き出してしまう。  これに抵抗すべく、東アジア・南アジア・オセアニア・南アメリカの一部たちが9ヶ国に統合。 最終的に日の本が共和国形成を提案したことで、京都を首都とする一つの国『九重共和国』が形成された。 以来、九重共和国とブラダガム帝国の戦争が、延々と続くこととなった。 当初は即終結と思われた予想とは変わり、戦争は泥沼化し100年が経過。 戦局疲弊の末に、1870年に北アメリカ中立国『ヴァッカ連邦』上にて『カッツォーノ和平条約』を締結。 一旦の終戦を迎えることとなった。  「……んで和平条約から10年。 大分時間も経って今に至るってわけだ。 ……って、ここまで一気に話したがついてこれてるか? 俺らが小さい頃にさ、和平条約のニュースやってたのを覚えてないか?」 「あぁ〜あったね。教科書に載るほど凄い条約なんだ。 100年の戦争に終止符を打つ、とか」 ヒヅルはまるで他人事のように話す。 10年間で築かれた束の間の平和に、彼はすっかり慣れきってしまっている。 彼が悪いわけではない、人とは慣れの生き物だ。 今生きられる環境を享受し続ける限り、どこかぼけた認識を持ち続けてしまう。 至極仕方のないことである。 慣れとは、人の学習能力という長所の現れであり、同時に悪い癖である。 「もし遺跡の場所がちょっと違ったり、条約締結の日が違ってたら。 戦争が起こらなかったり、逆に長引いたりしてたのかな?」 「分かんないぜ。そんな大きなことじゃなくても、たった数秒の差で大きく変わったかもしれない。 『バタフライ・エフェクト』って言葉があってさ。 わずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、結果が大きく変わるんだ」 「へぇ〜じゃあ僕たちは、数秒・数ミリの誤差の偶然の上に今があるんだ。一秒でも、大事にして生きようかな」 「じゃあ次から、一秒たりとも授業で寝るな。 俺との約束だ。 さて、日も暮れてきたし帰るか。 ごちそうさん。先に自転車取りに行ってるぞ」 そう言うと、アキヒロは足早に店外へと出た。  その刹那。 ヒヅルにも、一体何が起きたのかわからなかった。 とてつもない光。 けたたましい爆発音。 店の奥まで吹き飛ばされていた。 何が起きたか不明のままゆっくりと体を起こす。 だが全身に電撃が走るような痛みを感じるばかりだ。 何より焼け焦げた空気の中には、血と脂の臭みが微かに漂う。 一体彼らの身に何が起きたのか。 それは、これから始まる全ての序章に過ぎなかった。
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