Chapter0 Prologue

3/5

37人が本棚に入れています
本棚に追加
/103ページ
第1話 さらばセイシュンの陽 「入学式の前に南の方から引っ越してきたんだって」 「俺はアキヒロ。よろしく」 「ヒヅル。次の授業は体育だ、遅れるないよう、早く着替えろよ」 「おい、体調でも悪いのか?ヒヅル?」 「……ヒヅル?おい、起きろ!死ぬな!」  何度も呼ばれて意識が覚めると、白い天井とカーテンが目に映った。 一体ここはどこだろう、医務室だろうか? 薬品の匂いがする以外、一切とんと分からない。 「良かったぁ、死んじゃったのかと思ったよぉ」 泣き出しそうな細い声がする。 そばには高校の仲良しメンツが、不安と安堵の入り混じる表情で座っていた。 いつも前向きで元気なハルミ 筋肉づきのいいスポーツ青年のカイ そして体躯が横にも縦にも大きいが気の弱いフユキ 彼・彼女らにアキヒロと僕を含めた5人は、高校入学以来の仲だった。 それぞれが得意科目も違ったからか、互いに勉強を教え合ってテストも乗り切ってきたし、放課後も毎日遊んでいた。 駐輪場で将来を語り合ったり、好きなアイドルの話をしたり……毎日が楽しかったのだ。 ハルミが、震えた声を出しながら口を開く。 「ヒヅル君。 ヒヅル君がね、意識を失ってるのを軍人さんが見つけて、この地下避難施設に運んできたの。 ご家族さんは、その。助からなかったけど……。 あなたが生きてただけでも、みんな喜んでると思うわ」 頑張って励ましてくれようとしているのだろう。 下を向き、手を膝の上で手をぎゅっと握りながら、一生懸命に声を絞り出す。 言葉が耳に届けども、何も心に入ってこない。 ただただぽっかりとした空虚な心地のまま、勝手に涙が流れ続けるだけだった。 「そういやぁさ。アキヒロはどうした? なあ……まさか、そんな訳ないよな」 カイが動揺しながら、ヒヅルに詰め寄る。 きっと彼も認めたくはないその事実に、薄々気づいているのだ。 3人の表情が固まったまま、沈黙が訪れる。 彼らも僕と一緒だ。受け入れられないのは僕もみんなも、同じだ。 重い沈黙を破り泣きそうな声を出しながら、フユキが喋る。 「ヒヅルは悪くない。仕方ない……仕方ないんだ。 戦争が全部悪いんだ、帝国が。アイツらが!」 話している途中で、フユキはただボロボロと泣き出した。 「ねぇぇフユキ!泣いてもしょうがないじゃない! アッキーの分も、私たちは前を向いて生きなきゃ」 立ち上がりそう言うハルミも、目が潤んでいる。 みんなが口々に言う会話が、残響のようになりながら遠のく。 そこへ一気に流れ込む思考。 なんで僕たちが、こんな思いをしなければいけないのか。 僕たちが悪いことをしたのだろうか。 なぜ家族も、友達も、平和も全て奪われなければならないのか。 全て。全てすべてすべてすべてすべてすべてすべてすべて!!! すべて奴らが。帝国が悪いんだ。 ヒヅルはベッドからゆっくりと起き上がり、部屋を出ようとした。 何か大きな力に突き動かされるように。 「おい、どこに行くんだヒヅル!」 カイが声を上げたような気がした。 「決まってるよ。これは僕だけの問題だ」 ヒヅルがゆっくりと振り返る。 「ブラダガムを滅ぼす」 ―――新世暦112年 3月31日―――  基地内のあちこちで、賑やかで楽しげな話し声が聞こえる。 「クロダ!配属が離れてもメールしろよ!」 「お前こそ、ゴトウ!1日でも連絡絶やしてみろ、線香あげるからな!」 「ねぇ〜、マリアは女性エリート部隊『クシナダ』の新米兵配属だって!」 口々にみんなして、これからのことを話している。 兵士訓練生の中には、賞状筒を片手に廊下を歩く少年―ヒヅルの姿があった。 1年の過酷な訓練は、彼を別人へと変貌させた。 押したら折れそうな弱々しい雰囲気は鳴りを潜めて、細い中にもしっかりと詰まった筋肉質な風貌に。 首から上に意志薄弱でのんびりとした顔つきは、一分たりとも存在していない。 代わりに、目にどこか真っ黒に濡れた明確な意思。 心から笑うことを忘れたのではないかと思わせるほどの石の無機質さを思わせる口角。 一つの目的を達成すべく洗練された冷たい顔。 それらがあるのみだった。  親友と家族が奪われた日、彼は決めたのだ。 "()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()" そのためなら彼はどんな辛い訓練にも、上官から浴びせられるいかなる罵声にも耐えて見せた。 実際にヒヅルの成績は、入隊当初最低レベルだった。 だが半年もする頃には彼は、一二を争う首席として成長していた。 元々自頭が良かったため、自身の筋力と持久力を効率よく鍛える方法も即座に会得できたし、運動においても上手にコツを掴めた。 怖くはないのだろうか、明日死ぬかも知れないと言うのに。 ヒヅルはそう思うとふと、自分の首元を見る。 破壊された家に残された、家族写真。それを丸めて入れた筒のネックレスが目に映る。 首から下げているこのネックレスがあればこそ、どんなことにも耐えられた。  この基地でただ一人、友だちが出来ては共に生き抜いた。 その友達というのが。 「やぁ、ヒヅル。お前生まれ故郷の南方配属だって?おめでとう。 君の真っ直ぐな瞳が役立つことを祈ってるよ」 「ありがとう、とは言え住んでたのは幼少期のみだよ。 シキは特殊な配属だっけ?たしか研究所併設の……?」 それが、彼。シキ・ヤサカだ。 「あっははは!僕は元々頭脳労働も好きだったからね。 成績が中の下の僕にはお似合いだよ」 「併設された研究所の開発協力の代わりに肉体訓練は免除とか、天才は得するね」 出入り口の前の廊下で出会った彼は、ヒヅルにとってはこの1年間で最も互いを高めあった仲間だ。 基礎学問の瞬時の理解、そこから更に発展させた突拍子もない理論の構築。 人並み以上天才以下、要は器用貧乏な学力のヒヅルには、突き抜けた学力のシキは憧れであった。 それでもヒヅルはヒヅルであり、シキはシキなのだ。 それをお互いに認めていた。 「もう研究一本での従軍になるの? そうだったら、これから君が開発するシステムや機体を扱えるかもしれないのか」 「もしそうなったら、僕も嬉しいよ。 ()()()()()()()()()()()()()()のだからね」 僕の力、か。僕の突き抜けた能力って何だろうな。 「さて、すまない。配属先の関係でね……僕は先にここを発つよ。 最後にヒヅルに、挨拶しようと思ってここにいたんだ」 さみしげな笑顔を浮かべながら言う、その横顔。 足元には、こじんまりとまとまったバッグがある。 「そうか。『またね』だね」 「ああ、生きろよ。僕の頭には既に君に向いた戦術兵器プランすら入ってるんだ。 それを実現するまでは、勿論僕も死なないさ。 それが僕に課せられた……課題なのだから」 二人は握手を交わした。 大きくて温かい優しさのこもった、柔らかい、手だ。 握手を交わし、扉をくぐり外へと歩いていくシキの背中は、どんどんと小さくなっていく。 だが感傷に浸る暇もない。 着替えて宴会に出席するべく、足早に準備を済ませなければならない。 僕はシキを見送ると、足早に自室に戻った。 「そう、最大限に引き出すよ。近いうちに、ね。」
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加