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Chapter1 日出る国の少年
第4話 ギフト 前編
“KN-630101A”は、ヒヅルが両手のレバーを倒すとゆっくりと、その大きな体躯で大地を踏みしめるように立ち上がった。
ヒヅルは、ふと気づいた。
しかし、一体どうやってこの機体を制御すればいいんだ?
訓練よりも、明らかにボタンやレバー類・制御機器類が簡素だ。
人型の機動兵器である以上、複雑な操作が必要なはずだ。
そう思うのも無理はない。
目で見て→体のバランスを一度崩す→無意識のうちにバランスをもう一度戻す。
この3プロセスで人間は歩行している。
ヒトの姿勢制御は、視覚・脳神経・筋肉の三者が織りなす微細な完全芸術だ。
例えば脳卒中の後遺症……歩行や姿勢制御障害は、三者が奏でる不協和音そのものだ。
だが無意識下のこの演奏を、意識的かつ手動操作で瞬時に全て行えるだろうか?
そう、非常に高度なのである。
そのすべての操作に足るだけの操作系統は、眼前に存在しない。
一体どうすればいいのか。ヒヅルは額に手を当てる……すると。
機体の手が顔に向けて、ゆっくりとそして確実に動いた。
「!!……もしかすると。僕の思考に沿った動きを……?」
試してみよう。日常で歩くときの自分を、強く想像するんだ。
冷たい鋼の右踵が地面から離れる。膝が曲がる。
一瞬重心が崩れながら、まるで血が筋肉が通っているかのようだ。
左膝が反射的に曲がりながら姿勢を保持したまま、右足が一歩前に出る。
成功だ!!!
さっきのヘルメットと背中に接続されるケーブルが、脳と体の電気信号を機体にフィードバックしているのかもしれない。
神経系に接続がされたのはそのためか。
自分の意思で初めて機体を動かせたこと。
そして自分の辿り着くべき目的への手段を得たこと。
それらに、ヒヅルは高揚感がじわりと心に広がった。
だが、その高揚感もほんの一瞬の出来事だった。
地下ドックにも伝わる大きな衝撃に、ヒヅルは体を揺さぶられた。
立ち上がる”KN-630101A”を見てヒヅルの足元で呆然としていたオガワも、とっさに我に返ったようだ。
急いでドックの操作盤に駆け寄り、天井操作と昇降機を起動したようだ。
操作盤横の通信機を握りしめて、オガワが大きく叫ぶ。
「聞こえるか。”サナギ”を起動できたなら、もう貴様がやるしかない。
地上を蹂躙する2匹の緑の悪魔を、倒してこい!
これは命令だ!」
「はい……!」
返答も聞かず昇降機が”KN-630101A”を地上へと押し上げた。
黒煙で澄み渡らない青空と、遮られた陽光がヒヅルを照らす。
目を上げると、背中に大きくバツを描いたようなバックパックをつけた、二匹の悪魔”BLGN14-0728 ゴブ”がいた。
それらは基地に配備された兵器や、ロボットを破壊し尽くした様が広がっていた。
長く伸びた耳部、細い胴と腰を繋ぐ何本もの動力パイプ、若干猫背の体制。
逆三角型のシールドの先には打突部がついている。
醜悪な子鬼を彷彿とさせるような体躯だ。
ゴブは百年戦争後期に、初めて世界で実戦投入されたブラダガム帝国軍所属の人型兵器。
今となっては、汎用的に車や電車に搭載されているヘブンズ・ギフトの一つ『自動運転制御機構』を用いられている。
機体制御や戦闘補助を行うことで、未熟な兵士も歩く・撃つなど簡単な操作を可能にした、まさに「兵器の転換点」と言われる機体である。
ヒヅル自身もその目で転換点たる存在が、動いているのを見るのは初めてであった。
「敵機確認。形式:人型!データにない未確認の機体、新型です!」
「ラジャー、即排除行動に移れ。
どんな武装や行動をするかわからない、警戒しろ」
眼の前の子鬼たちは、ゆっくりとこちらに銃を構えている。
「まずい、撃たれる!」
とっさに自分から向かって右へ、旋回する動きを強く想像する。
すると、敵の発射と同時に機体は右への緊急回避を行えた。
「イメージのまま完璧ではなかったけど……徐々にコツが掴めてきた。
こいつを動かすための方法がッッ!」
一発づつ、計2発がヒヅルがいた場所をすり抜けていった。
”KN-630101A”の機動性は勿論だが、思考から機体への反応性はほぼラグがないようだ。
「こいつ、素早い!機動性が我々よりも上です!」
「やつはただ、我々の視界がさえぎられやすい方向へ回避したんだ。
おそらく……次も機動力で視界を揺さぶる動きか、死角に入り込んでくるはずだ!
冷静に眼で追え!」
ブラダガムの兵士たちはその機動性と判断力に若干の焦りを感じている。
「単発の武装で散弾でもない。おそらく徹甲弾の装備!
こっちは機動性の高さから考えうる装甲強度を想定すると……食らったらマズい!
何か武器は!武器はないのか!!」
ヒヅルが、左右へ視界を揺さぶるように回避行動を取りながら、冷静に正面のスクリーンから機体情報を確認する。
”単独飛行可能。
武器情報アリ、接続確認ナシ。”
「こっ、コイツは”専用武器はあるが、データのみで装備されていない”!」
バルカン等の常設の武器にも、弾倉が込められてないということだ。
鍛えあげた警察官でも、ナイフを持った一般人には迂闊に太刀打ちができないように、軽量装甲のヒヅルには銃弾の中を近づけるはずもない。
「何が『倒してこい』だ!
とんだプレゼントじゃないかッッッ!」
「G-01、敵は迎撃行動に入ってきません。これは……ッ!」
「G-02へ!幸運だ、奴はおそらく武器そのものを所持していない!
いとも容易く穫れる新型の首、これは俺たちへの贈り物だぞ!」
威勢よく飛び出したものの、絶体絶命の窮地に間違いはない。
どうする、ヒヅル……!
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