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みらい学園の小学部に入学してからは、家から学校までの4キロほどの道を、毎朝走って通学した。スクールバスを使えばどう? とか。車でそこまで送ってあげるよ?とか。大人のひとたちが親切に言ってくれるのを、ぜんぶ頑固に断って。わたしは毎日、そこまで走って。そして帰りも、走って戻った。
それは心の深いところからひとりでに来る衝動で。わたしはその熱い熱い、子供のわたしがまだ口では説明できない大きなものに、ひたすら後ろから押されるようにして。そうしてわたしは走っていたのだ。
でも。
中学生になった今ならわかる。
わたしが寝食を忘れても、勉強よりも何よりも。
それよりもっと走っていたい、その理由。
それはきっと、父があのときできなかったことを――
父が途中で、何の理由もなしに投げ出さなくてはならなかった、ひとつの大きな純粋な夢を。
わたしが、継ぐんだ。わたしが継ぐんだ、その資格。
それはたぶん――
世界の他の誰よりも、速く、遠くに走ること。世界の他の誰よりも。
そしてその世界との競争に、もうあと一歩で足が届く。その高い場所まで登りつめる、その最後のところで。そのすぐ手前で。残酷なまでに理不尽に、そこでこの世界から退場しないといけなかった、あの人の――
それはきっと――
思い、なのか。使命、なのか。それともあるいは夢、なのか。
言葉は何かはわからない。言葉はなんでもかまわない。
けど。それはきっと、あの人の「意思」。わたしの心臓を流れる血に深く刻まれた、走る人の。走ることを愛する人の。それはとても大きな、ひとつの熱い気持ちなんだ。それはぜったい、消してはダメなものなんだ。それは消してはいけないものだ。それは続いていくものだ。
だからわたしは。
あの人から、この心臓と、丈夫な健康な体をもらったわたしは。
あの人があそこでどうしてもあきらめなければだめだった、その遠いはるかな道の先を。今度はわたしが踏むんだ。わたしが。わたしが。あの人のかわりに。わたし自身のこの脚で。
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