22人が本棚に入れています
本棚に追加
7
山の中はうす暗い。ここにはまだ、夜明けの光はじゅうぶん届かない。
むっとするような、羊歯の匂い。笹の匂い。わたしは樹木のおりなす王国の中を――
山頂を目指して。なるだけ最短距離をとって。ここまでわたしを支えてくれた脚の筋肉に、さらなる無理をおしつけて。おねがい筋肉。どうか動いて。蹴って地面を。自分自身との約束を。今ここで果たすために。ぜったい彼女に―― いまもきっと、こことは別のショートカットコースを、ひたすら山頂目指して最高速で駆け続けているだろう―― 人生で最初の。だけど最初にして最大の、もっとも手強いあのライバルに。新田みのりに。ここでいまわたしが勝つために。お願い、脚。わたしのために、蹴って。蹴って。もっと強く!
そして。
あと2分以内で山頂のゴールを狙えると。わたしがひとりで結論づけた、その最後の登りの暗い暗い急斜面。最後の激しいスパートで、まっすぐ北に向けて駆け上りはじめた―― そこで。
わたしはとつぜん、予想もしないものを目にすることになる。
靴だ。
ランニングシューズ。
まっさらな白地に、鮮やかなグリーンとレッドのストライプ。
靴が1足―― その暗い斜面の土の上に。いきなりそこに落ちていた。
一瞬意味が、わからなかった。そのままそばを、走り抜けようとした。
だけど。でも。
ひとつの警告が頭の中に降りてくる。
ここに靴が―― ふつうは、あるわけ―― ないでしょう…?
誰の…? どうして…?
そこで一瞬、走ることをやめたわたしの視界に。答えは瞬時にふってきた。
見えた。視界に入った。
最初のコメントを投稿しよう!