潮風をきって走れ

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「…誰? そこに誰かいるの?」  そのとき、彼女が。  新田みのりが。ゆっくりと斜面の下から顔をあげ、わたしの方をぼんやり見上げた。  顔には土がついているけど。髪には木の葉が、からんでいるけど。  彼女はどうやら、死んではいない。死んではいない死んではいない。  生きている。生きてる、生きてる、生きているッ!  なんだかそれで、体の力が一気に抜けた。わたしはへたへたと、その場に座り込む。何かその人に、言ってあげなきゃダメなのだけど、と。気持ちばかりが焦ったけれど、声はぜんぜん、出てくれなかった。そんなわたしは下から見上げて、疲れた微笑を唇に浮かべて―― 新田みのりが、こちらに言葉を投げてきた。 「いや。そんなにビックリされても困るね。ちょっとそこの地面が、柔らかくなっていたんだ。気づかず踏んだ、わたしがバカだったよ」  新田みのりが、ひきつった笑いを唇に貼りつけた。笑っているけど、心はぜんぜん笑っていない。  それは敗者の笑いだ。見間違うはずもない。  彼女は勝つことを、もうあきらかに、すでにこの場であきらめている。そのあきらめの微笑が、彼女の唇にうかんだことに。わたしはまるで、自分自身のことのように衝撃を受けていた。 「でも、じっさいケガは、たぶんたいしたことない。足首ひねって、動かせないけど。腕もちょっと、やばいかもしれない。でも。なにも死ぬほどのケガじゃない。上まで走って、誰か先生、呼んできてくれたら。それで大丈夫だから。あんたたしか―― 2年の、外津ナギサ、だったよね? たしか陸上部の――」 「そ、そうですけど――」  ようやく声が、少し出た。さっき浮かんだあの日のシーンが強烈で、わたしは今でも、まだこの場所にしっかり戻ってこれてない。心臓がどきどき音をたてていたけれど。それは走るための鼓動ではなく。わたしの心は、今まだパニックの中にいた。 「ねえ外津。だけどまだあんたは、レース、続いてるんでしょ? 行きなよ。ここから頂上、すぐ近くだし。今からスパートかけたら。たぶんまだ1位も2位も、狙えるでしょう。だから。あたしのことは、ひとまずいいから。行きなよ。このまま真っすぐ、走りなよ。ね?」  新田みのりが、落ち葉の中からゆっくりと身を起こす。彼女自身が言う通り―― とくに命に差しさわりがあるとか。そこまでのケガでは、ないのかもしれない。だけど――
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