潮風をきって走れ

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「いま、行きますッ! そこ、動かないでください! いま、行きます!」  衝動的に言葉が口からあふれだす。  次の瞬間、わたしは斜面を自分のおしりですべり降りている。  とにかく、行かなきゃ! とにかく彼女を、助けなきゃ!  理屈とか言い訳とか計算とかより何より先に――  止めることのできない、その衝動に。わたしの手足は、勝手に動いて――  「ちょっ?? な、なにしてんのさ?? なんであんたまで、こっちに降りてくるわけ?」 「…肩を、かしますッ! 大丈夫? 立てますか? こっちの脚は、痛みませんか!?」 「ちょ… ちょっと。あんたさ。なんで? わかんないな。あたしのことなんか、ひとまずほっといてさ、上まで走って―― 先生よんで来た方が――」 「いいから、肩をかしますッ! 動けますか? ほら、これで何とか、立てますね!? こっちの脚は大丈夫ですね!?」 「そ―― それは、まあ、大丈夫… だけど。。あんたそれ―― どうかしてるよ。レース―― ほったらかして――」 「いいんです。トレイルランとか、そのことはッ!」  なんだか夢中で、冷静になろうと冷静っぽさをよそおっていたけれど。  わたし自身も、あまり自分で何をやっているかわからなかった。  何を言っているのかも、自分でぜんぜんわかっていない。  でも。  それは衝動。  本能みたいなものだった。とにかく、援ける。援けるんだ。  援けるんだ援けるんだッ! 彼女をここに放って行くわけにはいかない。彼女をなんとか、ここから援け出さないと――   呪文みたいに。そういう思いが、ぐるぐるぐるぐる駆け巡る。でも、それと同時にアタマの中では、遠いどこかの救急車の音と、暗い路面の血のりの匂いと、脱げたままのシューズが2つ、ぐるぐる一緒にうずまいている。
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