潮風をきって走れ

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1  2032年、9月の2週目の木曜日、早朝。日の出の時刻とほぼ同じ頃。  町の南の総合運動場をスタートした150人ほどの集団は、有浦川の河口にそった二車線道路を、一直線にほぼ真東へ。ここはスタートダッシュがカギになる。ここで少しでも出遅れると、団子状態でひしめくランナーたちに足止めされて、自分のペースで進めない。ちょうど一年前、1年生の9月に初めて参加したトライアスロンのときの失敗の経験を、2年になった今年こそはムダにはしない。  スタートの号砲と同時に全力でスタートダッシュをかけたわたしは、集団の先頭をリードする形で国道204号線の十字路を左折。小雨に煙る有浦川を一気に渡りきる。  雨に濡れて黒く沈んだ204号線のアスファルトを、1,2、1,2、規則正しくストライドをふんで北西方向へ。いま自分の左手には海がある。海だけど、対岸がもうすぐそこに見えるので、景色としては海よりは川に近い。そしてその対岸には、みらい学園の校舎と体育館。わたしがふだん勉強とトレーニングに明け暮れているその場所が、明け方の暗さの中に沈んで見えていた。風はじっとりと湿っていて、ストライドにあわせて前後するわたしの腕にしずかにからみついてくる。  わずかに顔を動かして左後方を見る。わたしの後ろ、8人ほどの2位集団が10メートルほど離れた位置からわたしを追ってくる。あまり長く後ろは見てはいられない。2位集団の顔ぶれを、しっかり確認することはできなかったけれど――  彼女はぜったい、そこにいる。  それだけは確信があった。わたしが勝つべき、わたしの最大のライバルは。  彼女はぜったい、後方のその位置から。しかるべきタイミング、しかるべき場所で。いつでもペースを上げて、わたしを射程にとらえようと。虎視眈々とわたしの背中を見つめて狙っているはずだ。それはぜったい間違いない。  その、わたしが絶対勝つべきその相手とは――
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