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8
「…泣いてるのですか?」
彼女の横顔が濡れているのが、ひたいから流れた汗じゃなく―― それは確かに涙なのだと。わかったときに、わたしは訊いた。とても小さな声で。
「…うん。そうみたいだ」
涙のつまった、くしゃっとした声で。新田みのりが笑って答えた。いつもの強さを感じられない彼女の瞳から、涙のつぶが二つこぼれた。そのあとまたひとつ。
「…1位じゃなくて、悔しいですか?」
「うん。そうだね。それもくやしい。だけど――」
「だけど?」
「もうこれで。いろんなことが。続かなくなること。それがなんだか、悔しくてさ。だからだよ。この涙は」
えへへへ、と。ムリやりな、ぐしゃっと崩れた泣き笑い顔をつくって。新田みのりがつぶやいた。
「うちさ、両親、部活のこととか、理解なくてさ」
「理解… ですか?」
「うん。今の部活の水泳ね。わたしとっても好きなんだけど。とってもとっても大好きで。何よりいちばん好きなんだけど。でも親はさ。高校行ってまで、部活なんかはやるべきことじゃない。それよりもっと勉強しろって。親がさ、言うわけ」
「なるほど――」
「でね。水泳続ける、ひとつの条件。もし、この冬、青翔高校の特待生推薦、自分がとれたら。そしたら水泳、高校行っても続けてかまわないって。そういう約束。だからさ、今回のトライアスロン。ぜったい1位をとるって。ぜったい誰にも譲らないって。それは絶対条件、だったわけ。だから。だからだよ―― それがなんだか、もうダメになっちゃって。なんだかそれが悔しくて――」
特待生推薦。
水泳を続けてもよい―― 唯一の条件――
その、予期しない言葉が、わたしと肩をくっつけて笹の茂みの間を歩く、その人の口から飛び出してきたことで。
心臓が、
わたしのランナーの心臓が。ドクンとひとつ、大きく打った。
まさか、そんなことが。そんな条件が――
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