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「…あの。新田先輩――」
「…なに?」
「先輩は―― 水泳は――」
わたしは―― わたしは――
ただシンプルに、彼女に素直に勝ちたいと。
ただ、それだけのことで。
それだけのことで。それでこの競技に、ひとりでムキになって立ち向かい――
けれども。彼女は。新田みのりは。
もっと切実に、はるかに苛烈に。もっともっと激しく強く。
勝つことを、本気できっと誰より必要としていたのだと。
いまここでわたしは知って。知ってしまって。知ってしまった、そのことで――
「水泳は。やめては、ダメだと思います…」
ようやく喉から絞り出したその言葉。
声がつまって、最後は弱くしぼんで消えた。
「…なんで? しかもなんで―― なんでそこで、あんたが泣くわけ?」
新田みのりが、ちらりと私の顔を見る。
「…わかりません。でも。それはきっと。先輩が、とても、大事に、していることだから。それはきっと――」
思わずこみあげてきた涙を、自分でもうまくおさえられずに、わたしはあえいだ。あえいで、なんとか、涙のあいだをぬって、声をうまく作ろうと。
「それはきっと、わたしが走ることと。わたしがなんとかこうして生きていることと。きっと同じじゃ、ないかと思って。だからです。わたしは、わたしが走ることをやめるということは。きっとそれは、もうおまえは息をしてはいけないと。そう言われるのと、同じことです。それとまったく、おなじひとつの残酷な意味だと思うのです」
「…外津」
「だからです。きっと先輩にとっての、水泳は。きっとそうなんじゃないかと。わかりません。あくまで想像です。ほんとの事情は、わかりませんけど。でも、だからです、この涙は。このさき息がとまって生きられなくなる、ひとりの誰かの涙です。ですから。だからです」
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