潮風をきって走れ

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 劇的な逆転勝利。  歓喜に湧きかえる運動場のただ中で――   生徒たちの祝福を受けて光の輪の中にいるその生徒は――  わたしでは、なかった。  わたしは彼女に、勝てなかった。  考えられないことだ。わたしが1位で、ないなんて。  学園内の、お遊びみたいな、体育祭なんかで―― わたしが―― このわたしが――    勝てなかった? 一番得意の1500で??  ありえない。絶対にそれは、ありえないから。  生まれてはじめて、負けた。本気で走って本気で負けた。  同じ町の誰かに。同じ学校の誰かに。でもじっさい負けたんだ、わたしは。  そのとき、その11月。逆転勝利に湧きかえるその体育祭のグラウンドの上で。  たちこめる土ぼこりの中に茫然自失でしゃがみこみ―― わたしがそこから、見上げた、歓喜に微笑むその人は―― 新田みのり。編入生。 すらりと均整のとれた立ち姿。さっぱりあっさり短く切ったサラサラの髪。 そしてその、思いがけなく強く光る目には。まっすぐな意思の強そうな眉には。  勝つことだけに慣れている、勝利だけを知っている人だけが持つ、傲慢なくらいな自信がきらめいていた。そのきらめきは、きっとわたしの目にも、きっとあったはずのものだった。でもそれは今――  勝利した彼女が。ちらりと視線を左にそらせて。そこにみじめにしゃがみこむわたしに、初めて目をとめて。そしてその輝く高みから、ふわりと右手をさしだした。まるで和解の握手を求めるように。 「あんた、すっごく速かったね」  わたしの左腕をむりやりつかんで、わたしをそこに引き起こしながら、新田みのりがそう言った。とてもさばさばとした、乾いた真夏の風みたいな声で。 「あんたまだ1年? へえ。すごいじゃん。あたし、あんたくらい走れる人、はじめて見たかもしれない。あんた名前は?」 そしてそして、さらに屈辱的だったのは―― 新田みのり。その先輩は、陸上部ですら、なかったのだ。 彼女の所属は水泳部。彼女はふだんは―― ふだんは泳いでいる人だった。ランナーですら、ない人だった。 新田みのり。新田みのり。新田みのり。 生まれてはじめて、わたしが負けを知った瞬間だった。
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