22人が本棚に入れています
本棚に追加
劇的な逆転勝利。
歓喜に湧きかえる運動場のただ中で――
生徒たちの祝福を受けて光の輪の中にいるその生徒は――
わたしでは、なかった。
わたしは彼女に、勝てなかった。
考えられないことだ。わたしが1位で、ないなんて。
学園内の、お遊びみたいな、体育祭なんかで―― わたしが―― このわたしが――
勝てなかった? 一番得意の1500で??
ありえない。絶対にそれは、ありえないから。
生まれてはじめて、負けた。本気で走って本気で負けた。
同じ町の誰かに。同じ学校の誰かに。でもじっさい負けたんだ、わたしは。
そのとき、その11月。逆転勝利に湧きかえるその体育祭のグラウンドの上で。
たちこめる土ぼこりの中に茫然自失でしゃがみこみ―― わたしがそこから、見上げた、歓喜に微笑むその人は――
新田みのり。編入生。
すらりと均整のとれた立ち姿。さっぱりあっさり短く切ったサラサラの髪。
そしてその、思いがけなく強く光る目には。まっすぐな意思の強そうな眉には。
勝つことだけに慣れている、勝利だけを知っている人だけが持つ、傲慢なくらいな自信がきらめいていた。そのきらめきは、きっとわたしの目にも、きっとあったはずのものだった。でもそれは今――
勝利した彼女が。ちらりと視線を左にそらせて。そこにみじめにしゃがみこむわたしに、初めて目をとめて。そしてその輝く高みから、ふわりと右手をさしだした。まるで和解の握手を求めるように。
「あんた、すっごく速かったね」
わたしの左腕をむりやりつかんで、わたしをそこに引き起こしながら、新田みのりがそう言った。とてもさばさばとした、乾いた真夏の風みたいな声で。
「あんたまだ1年? へえ。すごいじゃん。あたし、あんたくらい走れる人、はじめて見たかもしれない。あんた名前は?」
そしてそして、さらに屈辱的だったのは――
新田みのり。その先輩は、陸上部ですら、なかったのだ。
彼女の所属は水泳部。彼女はふだんは――
ふだんは泳いでいる人だった。ランナーですら、ない人だった。
新田みのり。新田みのり。新田みのり。
生まれてはじめて、わたしが負けを知った瞬間だった。
最初のコメントを投稿しよう!