潮風をきって走れ

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2  みらい学園トライアスロン。  2キロのランと、1.5キロのスイムと、それから1キロ程度の山登りトレイルラン。  距離だけ聞けば短いのだけど――  実際過酷なそのトライアスロンは、みらい学園の伝統行事だ。  まあだけど、単なる伝統の体育イベントだけならば、そんなにみんなもマジになることはなかったのだと思う。でも、それはただ単なる学校行事にとどまらず――  中等部の生徒、男女ごとに全員参加で行われる、毎年9月の恒例イベントの結果は――  県の名門・唐津青翔高校の、特待生への推薦をきめる学内選考の審査に大きく影響することは。今では誰でも知っている。全校生徒、公認の事実だ。  各種スポーツで好成績を収めている「みらい学園」からは、毎年男女1名ずつ、スポーツ特待生として「学費無料」「試験免除」の特典つきで入学を許可される特待生枠が男女で合計2つある。  高い大学進学実績もさることながら、高校スポーツの世界では全国区で知名度と実績のある唐津青翔高校。毎年、みらい学園のスポーツ部のエース級の子たちが何人も希望する特待生枠。そこで男女、ただひとつずつの学内推薦枠を勝ち取るひとつの条件は――  9月開催の、みらい学園トライアスロンで1位を獲得すること。 それが事実上の、決定的な要件になっていることは、もうみんなが知っていた。毎年この大会で1位をとった生徒が、ほぼ自動で、青翔高校のスポーツ特待生枠をずっとつづけて取ってきた。  だからだ。  真剣さが違う。目の色が変わる。全学年参加の、このイベントで――  それは単なるお遊びではなく。スポーツ特待生枠を勝ち取るための。厳しい競争に勝つための。ひとつのたしかなスポーツ枠の必勝ルートなわけだから。  みんなが真剣にならないはずがない。部活で青翔に入りたいと思う子たちは一人残らず。高校でインターハイで活躍したいと願う人は全員、本気で勝ちを狙ってくる。真剣勝負だ。これは遊びなんかじゃない。このさき何年かの十代の人生をかけた、まぎれもない真剣勝負なのだから。  けど。  わたしが今回、トライアスロンで勝ちたいと死ぬほど心の底から望んでいる、その理由。  それは別に、特待生とかじゃない。高校がどことか、2年生のわたしはまだ決めてない。それは今は大事じゃない。それよりも。  わたしは彼女に、勝ちたいのだから。  わたしは彼女に、もう二度と、負けたくはないのだから。  それだけのためだ。  わたしにとっては。彼女に勝つこと。新田みのりに負けないこと。それがこのトライアスロンに、ここまで真剣に命を削って本気の走りで、いま、濡れたアスファルトを蹴り続ける、唯一の理由。それだけが理由なのだから。
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