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2023年10月某日
長い残暑が続いている。
二十四節気では寒露だか霜降だかなのに、まだまだ半袖を着ていて、秋ものが箪笥の肥やしだ。
「お帰りなさい、お姉ちゃん。一緒に、お風呂に入ろう」
帰れば、ヒサちゃんが駆けてきてくれる。
一人っ子のミクがヒサちゃんと仲良くするのは、何も山下に頼まれたからだけではない。
自分のためかもしれなかった。
夜には一行日記を打ち込み、それとは別に月いちで報告書の作成をする。
そこには写真や動画を添付してもよく、ブログやSNS感覚で取り組める。
時間旅行なんて大掛かりなことをしておきながら、随分と緩い評価方法なのは、そもそもの選考基準が厳しかったためだろう。
超難関の狭き門だった。
入るぞ、と声がして、ノックもせず山下がやってきた。
慌ててタブレットを伏せるミク。
「日曜のフットサル、かっちゃんたちとすんだけどさ」
既に夢ちゃんから話しは聞いていた。
チームTシャツまであって、色は選べなかったが一枚手渡されたのだ。
他校の因縁チームと対戦するそうで遊びだが大切な、負けられない試合らしい。
ここへ来て三週間のミクも応援に、仲間入りさせてくれた。
新参者は煙たがられると思っていたミクなので、不思議な気持ちになっていた。
現実的な人付き合いの機会が著しく少なかったミクにとってこのお誘いは、大変有り難いことだった。
どんなにネットが発達し高速化しても、やっぱり自分の居場所は大切だ。
だから未来では電脳空間での生き方が、現実と同じくらい重要視される。
ネットリテラシーやデジタルタトゥーに対する教育が、未就学児の授業に盛り込まれているのだ。
道徳もオンラインだったから、家で一人きり学んでいた小学当時は、とても薄っぺらく感じていた。
やれ人の命は大切だ、地球より重たいものですよと聞かされても。
その比喩の言わんとするところが想像できない。
だいたい力士すらどれほど重いのか実感が沸かないのに、地球で例えるとはいかほどか。
現実に脳みそを戻す。
「午前中なんでしょう」
「中村から聞いたか」
ミクは頷く。
「一緒に応援しようって、誘われた」
「そっか、よかった」
山下の笑った顔は、初めて見たように思った。認められたということか?
「試合も出てくれて構わねぇよ」
それは無理だ。
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