2023年10月某日

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 炊飯器をセットする。卵を溶いて、ウインナーを焼く。  細切りにしたじゃが芋を油で炒めて、ほうれん草はお浸しだ。  この時代では自炊も必要だと母に聞かされ練習してきたので、本の通りには作れるがアレンジはできない。  あくまで書かれた通りにだ。 「ヒサも、お手伝いするね」  朝も早い時間帯なのに、ヒサちゃんが起きてくれた。 「ありがとう、じゃあヒサちゃん。  まずはエプロンをつけようね、手は洗ったかな」  ミクはヒサちゃんの小さなエプロンを、背中で蝶々(リボン)結びにしてあげた。  山下も起きていたのだが、入ってはこれなかった。 「あのね、ヒサね。ママいないの」  卵焼きを盛り付けながら、ヒサちゃんは言う。 「がんだっけ」  ここへ来る前の資料を思い出す。  ざっと目を通しただけなのでうろ覚えだが、確か子宮のがんだった。  がんて何、と聞くヒサちゃんは、銃の玩具を思い浮かべている。 「元気だった細胞がね、ある日突然がん細胞に変わっちゃうみたい」  医学部を目指しているわけでもないミクには、幾ら子供相手とはいえ難しい説明だ。  ましてやミクの時代では、医者にかかるという行為がまず少ない。  幼少期から看護師が学校訪問をすることはあっても、保険医すらいわばペッパーくん、保健室なんて存在しないのだ。  どうして、と質問だらけのヒサちゃん。 「それはお姉ちゃんにも分からないな」  未来では予防医学が発達しているので、がん患者は少ない。  かつて国民病と呼ばれたがんや心疾患、脳血管疾患は減り。  自殺、老衰、突然死(事故や事件)が、死因トップ(スリー)を占めている。  生まれたての赤ちゃんから、死へのカウントダウンが始まった方まで、それぞれ個別に医療マスコットが付随しており、早期に警告(アラート)を出すのだ。  この時代でいうところの林檎(アップル)時計のような、ウェアラブル端末が進化した。  米国や先進国の日本など偏りはあるが、広く普及した体制(システム)だ。  風邪菌やウイルスから悪性腫瘍に渡るまで、それらが形成されるより遥か前の段階(タイミング)で兆候を察知し、医療機関に情報(データ)を送る。  ミクの時代には仕組みがあっても、ヒサちゃんのママは救えない。 「ヒサね、もう一度ママに会いたいの。  もしもドラちゃんがいるのなら、ドラミちゃんでもいいな、お願いして。  ママの生きていた頃に、引き出しのタイムマシンで、連れていってもらいたいんだ。  一度だけでいいからさ」  ヒサちゃんには、残念ながらできないのだ。
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