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炊飯器をセットする。卵を溶いて、ウインナーを焼く。
細切りにしたじゃが芋を油で炒めて、ほうれん草はお浸しだ。
この時代では自炊も必要だと母に聞かされ練習してきたので、本の通りには作れるがアレンジはできない。
あくまで書かれた通りにだ。
「ヒサも、お手伝いするね」
朝も早い時間帯なのに、ヒサちゃんが起きてくれた。
「ありがとう、じゃあヒサちゃん。
まずはエプロンをつけようね、手は洗ったかな」
ミクはヒサちゃんの小さなエプロンを、背中で蝶々結びにしてあげた。
山下も起きていたのだが、入ってはこれなかった。
「あのね、ヒサね。ママいないの」
卵焼きを盛り付けながら、ヒサちゃんは言う。
「がんだっけ」
ここへ来る前の資料を思い出す。
ざっと目を通しただけなのでうろ覚えだが、確か子宮のがんだった。
がんて何、と聞くヒサちゃんは、銃の玩具を思い浮かべている。
「元気だった細胞がね、ある日突然がん細胞に変わっちゃうみたい」
医学部を目指しているわけでもないミクには、幾ら子供相手とはいえ難しい説明だ。
ましてやミクの時代では、医者にかかるという行為がまず少ない。
幼少期から看護師が学校訪問をすることはあっても、保険医すらいわばペッパーくん、保健室なんて存在しないのだ。
どうして、と質問だらけのヒサちゃん。
「それはお姉ちゃんにも分からないな」
未来では予防医学が発達しているので、がん患者は少ない。
かつて国民病と呼ばれたがんや心疾患、脳血管疾患は減り。
自殺、老衰、突然死(事故や事件)が、死因トップ三を占めている。
生まれたての赤ちゃんから、死へのカウントダウンが始まった方まで、それぞれ個別に医療マスコットが付随しており、早期に警告を出すのだ。
この時代でいうところの林檎時計のような、ウェアラブル端末が進化した。
米国や先進国の日本など偏りはあるが、広く普及した体制だ。
風邪菌やウイルスから悪性腫瘍に渡るまで、それらが形成されるより遥か前の段階で兆候を察知し、医療機関に情報を送る。
ミクの時代には仕組みがあっても、ヒサちゃんのママは救えない。
「ヒサね、もう一度ママに会いたいの。
もしもドラちゃんがいるのなら、ドラミちゃんでもいいな、お願いして。
ママの生きていた頃に、引き出しのタイムマシンで、連れていってもらいたいんだ。
一度だけでいいからさ」
ヒサちゃんには、残念ながらできないのだ。
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