2049年・夏

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 筧家が渡米して早十五年、一度たりとも忘れたことはなかったらしい。  そこまで記憶に残る人だ、一体どんな人なのか。  今は一方的な報告ばかりで、会いに行けていないらしい。  この時代、遠方への移動や長距離出張には、ロケットが使われている。  宇宙経由なので地球上どこへでも、だいたい一時間以内に着く。  しかし移動時間が大幅に削減された分、費用(コスト)がかかるようになってしまった。  多くの国や地域が人類総中流社会を実現しており、旅行や対話、会議(ミーティング)だけならVRが主流(メイン)となっている。  だから移動を伴う旅行は珍しく、経費での出張でも命ぜられない限り、直接会えないのも仕方のないことだ。 「過去で使用する名前のことなんだけど」  手続き画面(フォーム)を入力するミクの手が止まる、筧では過去の父と被ってしまう。 「ママの苗字でいいんじゃないかしら。  2023年ならまだママ、パパと知り合っていないし。  筧ほど珍しい苗字でもないから、それより時代背景や文化よね」  物心ついた時には米国にいて、日本へ遊びに行ったことも前述の理由から一度もない。  観光名所は既にVRで何度も巡ったし、美味しい和食もボタンひとつですぐ自宅に配送される。  特に京都が素敵だった、伏見稲荷に先斗町。  この時代、外を出歩くことが減った。  オゾン層や太陽フレアの問題も勿論あるが、テロや犯罪に巻き込まれる危険が高いのだ。  よって各国は教育と人材育成、そして研究分野に力を注いでいる。  未成年の持つ責任は重く、ネットがなくては回らない社会。  これが2049年だ、貴方は不思議に思うだろうか。 「日本(Japanese)……富士ヤマ、ハラキリ、アニソン、日ノ丸、侍、芸者、忍者、神風。  それから、お・も・て・な・し」  日本の心象(イメージ)を思い浮かべながら、かつてバズった動画を真似る。  初めて訪れる日本が過去━━コロナ明け間もない2023年秋となるわけだが、比べる日本を知らないという点では良いのかもしれない。  ミクの母だって中学時代は、九十年代ヤンキーや平成ギャルに憧れた。  当時もしも時間旅行が可能だったなら、丁度親の青春時代に自分も降り立ったことだろう。  2023年には廃れたものも、九十年代の昔にはあったように思う。 「ミク、富士ヤマじゃなくて富士(さん)」 「富士さん、人の名前みたいだね」  浮世絵の女性を想像した、見返り美人や夜の梅だ。
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