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筧家が渡米して早十五年、一度たりとも忘れたことはなかったらしい。
そこまで記憶に残る人だ、一体どんな人なのか。
今は一方的な報告ばかりで、会いに行けていないらしい。
この時代、遠方への移動や長距離出張には、ロケットが使われている。
宇宙経由なので地球上どこへでも、だいたい一時間以内に着く。
しかし移動時間が大幅に削減された分、費用がかかるようになってしまった。
多くの国や地域が人類総中流社会を実現しており、旅行や対話、会議だけならVRが主流となっている。
だから移動を伴う旅行は珍しく、経費での出張でも命ぜられない限り、直接会えないのも仕方のないことだ。
「過去で使用する名前のことなんだけど」
手続き画面を入力するミクの手が止まる、筧では過去の父と被ってしまう。
「ママの苗字でいいんじゃないかしら。
2023年ならまだママ、パパと知り合っていないし。
筧ほど珍しい苗字でもないから、それより時代背景や文化よね」
物心ついた時には米国にいて、日本へ遊びに行ったことも前述の理由から一度もない。
観光名所は既にVRで何度も巡ったし、美味しい和食もボタンひとつですぐ自宅に配送される。
特に京都が素敵だった、伏見稲荷に先斗町。
この時代、外を出歩くことが減った。
オゾン層や太陽フレアの問題も勿論あるが、テロや犯罪に巻き込まれる危険が高いのだ。
よって各国は教育と人材育成、そして研究分野に力を注いでいる。
未成年の持つ責任は重く、ネットがなくては回らない社会。
これが2049年だ、貴方は不思議に思うだろうか。
「日本……富士ヤマ、ハラキリ、アニソン、日ノ丸、侍、芸者、忍者、神風。
それから、お・も・て・な・し」
日本の心象を思い浮かべながら、かつてバズった動画を真似る。
初めて訪れる日本が過去━━コロナ明け間もない2023年秋となるわけだが、比べる日本を知らないという点では良いのかもしれない。
ミクの母だって中学時代は、九十年代ヤンキーや平成ギャルに憧れた。
当時もしも時間旅行が可能だったなら、丁度親の青春時代に自分も降り立ったことだろう。
2023年には廃れたものも、九十年代の昔にはあったように思う。
「ミク、富士ヤマじゃなくて富士山」
「富士さん、人の名前みたいだね」
浮世絵の女性を想像した、見返り美人や夜の梅だ。
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