まだ昭和の80年代半ば とある高校の教室で

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まだ昭和の80年代半ば とある高校の教室で

ね、見て見て! あたしは夕暮れの教室の窓から制服のブレザー姿の身を乗り出して、同じく居残りさせられている、秘かに思いを寄せている男の子に声を掛ける …掃除当番をサボる連中のせいで、あたし達が「偶々」担任に捕まって教室清掃を押し付けられたと言うわけだ 因みに他のShoottのメンバーは入試や面接で全員不在だ…肝心の時に居ないんだから… まあ、想い人を独占出来ているのだから?悪い気はしない 彼のひとつ下の「恋人」は修学旅行で留守だし!あたしの日頃の行いが良いからに違いない しかしながらこの築30年を越えていて、床の剥がれたタイルや穴の開きかけた教壇を修理する様子のない教室は…少々真面目に掃除したところでピカピカになるはずもなく 「何です、そんな嬉しそうに…おや♫」 彼にも伝わったようだ、あたしの興奮の理由が 空からチラチラと白いものが舞い落ちて来ているのだから 土色のグラウンドが少しずつ白く染まっていく 正直な話し、これが恋人同士の間柄で見られているのなら尚更ロマンチックなのだが 「雪予報ではなかったはずだけど、道理で冷えると思いました」 彼はあたしの左にやって来て、二人で降り始めた雪を眺める うーん…もう少し近付きたい…けど、いつ見回りが来るかわかんないし… 二人並んで暫し空からの白い贈り物に見入る と、唐突に 「この下りは…オフコースのアノ曲ですね♫」 は?何を言ってるんだ?あ、あたし達はべ、別に付き合ってるワケじゃないし?別れ話してるワケでもないし? 窓辺から離れた彼は掃除用具入れに立て掛けてあった愛用のソフトケースから、十二弦のアコースティックギターを取り出した 因みに高三のあたし達は部活を引退しているんだけど…彼はギターをいつも持って来ていた 本人曰く、ぼけ防止だとか何とか…ボケるか!二十歳前の若者が!! 「上手く弾けるかな〜?」 笑いながらも、その手は使い込まれたバンドスコアのとあるページを探して忙しく動いている 「二人っきりでセッションしたら…あいつらとか秋ちゃんの彼氏に怒られるかな~?…お、あったあった!」 ば、ばか!そんなの居ないし!あたしが本当に好きなのは目の前の… 思わず告白しかけた瞬間 オフコースの大ヒット曲「さよなら」のイントロが爪弾きだされていた… あん、ばか!あたしのキーボード無しなのに…って、アコースティック調の「さよなら」も良いのかも? 彼は…笑顔でイントロ部分を繰り返し爪弾いて…十二弦がオリジナルのキーボードやエレキギターでのイントロよりも優しく、甘く流れて… え?あたしが歌い出すの待ってくれてる?えー?あたしの声も確かに高めだけど、サビの小田さんの高音がだせるかな… いや、やるっきゃない!!! 正直歌い出しの歌詞はあたし達にはふさわしくないんだけど 何度目かのイントロ終わりに、あたしは歌詞を被せて行った さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬 愛したのは確かに君だけ そのままの君だけ 僕が照れるから 誰も見ていない道を 寄り添い歩ける寒い日が 君は好きだった さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬 愛したのは確かに君だけ そのままの君だけ 外は今日も雨 やがて雪になって 僕らの心の中に    降り積もるだろう 降り積もるだろう …よっしゃー!歌えた! そう思った瞬間、あたしの身体は勝手に動いて… 「さっすが秋ちゃん!完ぺきな「さよなら」でしたね!…わ!ど、どうしたの?」 彼に抱きついていた… いや、本当に無意識にだって…本当だって… これ、学祭とか定期演奏会でやったら絶対大ウケだったよ! 「そ、そうかもですが…秋ちゃん、ココ、教室で学校です!」 わかってる、そんなの! でもこんなくっつけるチャンス、逃がしてなるものか! たっぷりマーキングしてやる! そう思って彼の首筋に鼻を擦りつけたところで パチパチパチ 教室の入口から拍手が幾つも… 慌てて振り向くとそこには、あたし達に教室掃除を命じた担任と何人かの教師が… 「あー、見事な歌と演奏だったし…二人が仲が良いのもわかったけど…一応教室なんで…ここは僕らだけの胸の中に納めとくけど…」 しまった、見られてた! 名残惜しいけど…あたし達は身を離した…いや、正確にはあたしは、だな、うん 「素敵な演奏のお礼に、伊藤さんの好きなお善哉ご馳走しましょうか?いつもの甘味処の」 それは素晴らしいご褒美!今すぐ行きましょう!すぐ行きましょう! 担任からの素晴らしい申し出に、あたしは彼を急かしてギターを片付けさせ… 先生達の後ろに続いて教室を、そして学校を後にした 勿論人目も憚らず、彼に必要以上に寄り添い歩きながら、だ! さすがに腕は組めないし、手も繋げないけど 積もり出した雪道に、くっきりとあたし達の足跡を残しながら 今日は大盛り頼んでやる!
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