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「ねえ。ねえってば」
何度呼び掛けられても、晃暉と少女の距離は一定を保たない。徐々に、確実に、離れていく。
「……もう」
不満を露に、少女は小走りで駆け寄った。覚束ない足取りが、少女との距離を瞬く間に埋める。
「ねえってば」
怒気を含んだ呼び掛けとともに、少女はスウェットの裾を引っ張った。脱力していた晃暉の体は、僅かに後ろに傾き、歩みを止められる。
前へと進ませないように、裾を握る少女の手に力が入る。
「逃がさないって言ったよね」
「……離して、くれ」
不規則な呼吸を繰り返す口から発された言葉は、切実を明瞭に訴えていた。それでも、少女の手は動かない。怒りは消えない。
俯きがちな晃暉と顔を合わせるように、上目遣いで顔を近付ける。
「おじさんが帰れる時は、私に殺人の詳細を語った時だから」
「言う気はないと、何度、言わせる」
「それを受け入れないって何度言わせるの。おじさん今、頭の中にその時の状況が甦ってるんでしょ?」
「……」
「顔面蒼白。足元フラフラ。苦しそうな呼吸。私を拒絶。これだけ揃ってたら、おじさんに何が起こったのか、簡単に予想できるから」
「その上で聞き出そうとする君は、まるで悪魔だな」
「殺したい奴を殺せるのなら、悪魔にだってなるよ」
冷酷に。復讐を全うするための人生に、逡巡は微塵も潜んでいない。殺意だけが溢れている。
「──って言うか」
唐突に。一転して。鈴を転がすような、軽やかな口調で、少女は言った。
「そもそも、天使は人を殺さないでしょ。人を殺そうなんて考えもしないでしょ」
「君には、天使の欠片も存在してないようだ」
「自覚してる。いらないから自分で捨てた。私は悪魔で構わない」
低い声が、晃暉の耳を刺激する。
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