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漏れる明かりから団欒の声はなく、寝静まった住宅街。月明かりと街灯が照らしていても、濃くなった闇を纏う道は、不穏さが漂っていた。
背後からの足音には、恐怖を覚えてしまうような時間。歩き慣れた道でも、つい足早になってしまうような時間。
危険が伴う、夜道。帰宅するには、通らなければならない道。
晃暉は、歩きにくさを覚えながらも、その道を歩いていた。薄茶色の視界が、暗闇を強くしているせいではない。
白美橋から約十分。右目に眼帯を付けた少女は、片時も離れなかった。晃暉の左裾を強く握っていた。
夜道に怯えて彼氏の服を掴む彼女のような雰囲気は微塵もなく、獲物を狙う蛇のように、晃暉に纏わり付いていた。
白美橋から何度も、「ねえ」と呼び掛けられても、晃暉は一顧だにしない。気付けば少女は、沈黙していた。裾を握る仕草が、自分の意志を雄弁に物語っていると伝えているように。
「……」
煩わしい。口から出そうになる溜め息を、晃暉は押し留める。何度の行為だろうか。僅かな反応ですら、きっと少女を付け上がらせる。勢いを与えてしまう。
一瞥すらしない。無心を努める。そう決心したのも、何度目か。
不愉快と無心。交互に繰り返す感情にすら嫌気が差しながらも、覚束ない足取りは、自宅へと着実に向かっていた。
少女を自宅に招待する意図を、晃暉は欠片も持ち合わせていない。だが、左裾から離れようとしない少女は、前に進めば進むほど、自宅に誘っているのと同様。
振り払って小走りで駆け込むか。そう頭を過っても、実行には移せない。行える機会を、少女が与えていない。隙がない。裾を強く握ることで、晃暉の行動を抑止している。
強行に出て、少女を撒くことに成功し、自宅へと逃げ果せたとしても、少女はきっと自宅を特定する。刑事さながらの聞き込みを始める意欲を醸し出している。
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