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近隣に迷惑はかけられない。かけたくない。その思いも相まって、晃暉は左裾の少女の伴い、帰路に重い足を運んでいた。
一歩、また一歩。安息を得られる自宅へと進んでいるのに、億劫が重くのしかかっている。自宅に居場所がない会社帰りの父親のように、重い足を引きずり、自宅へと距離を縮めていた。
街灯が照らす道を右へ、左へ。不穏さが漂っていても、薄茶色の視界が暗闇を増していても、歩き慣れた道に迷いはない。億劫でも、安息を得られると信じて。
住宅街を歩き続けて、約五分。覚束ない足取りに時間を取られながらも、薄茶色の視界の先が、一つに定まった。住宅街からほんの僅かに離れた場所にポツンと建つ、二階建ての一軒家。
闇に覆われていても見紛うことなき我が家の存在感が、億劫だった足取りを軽くしていく。砂漠でオアシスを発見したかのように、安堵を強く与えてくる。
得られないと感じていた安らぎを、目と鼻の先に捉えた瞬間、染み渡っていた。晃暉は、我が家の偉大さを、しみじみと味わった。
「ちょ……」
裾を握る少女を顧みず、足早に進む。戸惑いを発しても、緩むことはなかった。
安らぎ。その思いだけが、晃暉を突き動かす。二階建ての一軒家。遊馬と掲げられた表札。子供が駆け回れるほどの、親子でキャッチボールが行えるほどの庭が、門扉の先から存在感を示している。
晃暉は、門扉に手をかけた。内側へと手を滑り込ませ、閂を外す。
キイィー。微かな、けれど静寂な住宅街なは響く金属音を奏でて、門扉が開かれる。
人が一人、通れるほどの隙間。手を止めた晃暉は、自らが作った隙間へと、体を差し入れていった。右半身。そして──。
「痛っ!」
キイィ。静寂を打ち破るほどの金属音が、住宅街に響く。
晃暉の左半身。左裾。入り込む隙間のない門扉に、少女は衝突していた。
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