震えて待てよ、雑魚どもよ

1/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 キシャキシャキシャキシャ  不愉快な笑い声は、人間ではなにを言っているかがわからない。笑い声だろうと思えるのは、緑色の肌で歯茎を剥き出しにして口角を上げながら出す声だからだ。  このときにアリアの心のなにかが砕けた。  彼女の胸に突き刺さったのは、嫌悪と憎悪と復讐心だった。  村がゴブリンに制圧された。  町と呼ぶには小さ過ぎ、商人ギルドが通過するには難があり過ぎるアリアの故郷には、当然ながら冒険者ギルドなんて存在する訳もなく、村はなす術なく血の雨が降った。  武器も持たず、魔法も使えない農民では、ゴブリンにかなうはずがない。  そもそもゴブリンは俊敏なのだ、農具で戦ったところで、ゴブリンの足を止めないことには、攻撃が当たらない。  女は巣穴に連れ込まれ、男たちは惨殺された。  子供も千切っては投げ、千切っては投げと捨てられるため、見知った顔が次から次へと物言わぬ屍になっていくのを、当時のアリアは見ることしかできなかった。  アリアが助かったのは、ただの運だった。  千切って投げられる際、彼女は地面に叩き付けられることなく、川に落ちたからだった。もちろん、ただ川に落とされただけだったら、そのまま溺れて死ぬところだったが、幸いにも彼女は太めの木の枝に捕まり、それで流されるだけ流されて、川下で水を汲んでいた冒険者に拾われただけ。その冒険者はアリアの話を聞いて驚き、彼女を神殿に連れて行くと、そのまま去って行ってしまった。  冒険者も商売だ。依頼のない仕事は引き受けられない。そもそもゴブリンは冒険者ギルドでもたびたび駆除依頼が来るが、国から以外の依頼ではほぼ支払いが期待できないのだ。だから国からの依頼以外のゴブリン駆除の依頼は引き受けないというのがセオリーだった。  こうして、アリアの村は見放されてしまったのである。  神殿に入り、大人しく出家して残りの人生を家族の供養に使えたらよかっただろうが。アリアは残念ながら信仰心は村を見放された時点で手放してしまった。それどころか、預けられた神殿から、たびたび村の情報を仕入れるようになったのだ。  彼女の村はゴブリンに制圧され、次は他の村が襲われるかもしれないと、隣村の報告により、国の騎士団が派遣されて封鎖されてしまった。さすがに国も、ひとつの村だったらいざ知らず、他の村、それも交通の便で絶対に通らないといけない村がゴブリンに制圧されてしまったら困ると判断したらしい。  しかし、ついぞ村のゴブリン駆除まではしてくれなかった。  村民は全滅。下手に駆除してゴブリンが逃げた先で増えられても困るという国の判断らしかった。  それにアリアは怒りを覚えた。 (お父さんもお母さんも死んだ。隣のおばさんも、村長さんも……若い女の人たちは皆さらわれてしまったし……私と同い年の子は皆死んだし……)  いつしか、アリアは神殿にたびたび宿泊施設代わりに利用する冒険者たちに、「どうやったらゴブリンを殺せるようになりますか?」と聞いて回るようになった。  本来なら僧侶も止めればいいのだが、彼女の生い立ちを聞いたら誰も止めることはできなかった。冒険者たち視点では、ゴブリンは数が多い上に面倒臭く、ギルド依頼の値段も渋くて、よほど金に困っている冒険者や、まだ駆け出し過ぎて他の依頼を受けられないような新人以外はまず引き受けないが、皆アリアの話を面白がって聞いてくれた。 「まずゴブリンは足が速いから、魔法は必須だな。魔法がないとどうにもならない」 「魔法?」 「魔法だったら神殿でも僧侶さんが教えてくれるだろ。それを磨くんだ」  神殿では定期的に防御魔法を教える会を開いては、初心者魔法を教えてくれる。  しかし、それはあくまで商人ギルドや一般人が、有事の際にちょっとでも逃げる時間を稼ぐために教える魔法なため、冒険者ギルドに入れるほどの実用的なものはまず教わらない。  冒険者いわく「そこで基礎中の基礎だけは学べるから、あとは自分で鍛えていくんだ」と教えてくれた。 「あと、ゴブリンは巣穴を見つけたら、その巣穴に油を流してすぐ火を点けて燃やすんだ」 「巣穴……でも巣穴に女の人が連れ込まれているんだよ? その人たちは……」 「あー……」  ほとんどの冒険者たちは、口を濁してしまったが、ひとりだけ巣穴について尋ねたら「可哀想だから一緒に殺してあげなさい」と言った人がいた。たまたま神殿にやってきていたどこかの騎士団の女性であった。 「え……女の人たちは?」 「残念ですが、彼女たちはとても怖い想いをし、心身共に壊れてしまっています。生きる気力も失っているのです。もし生きる気力があれば自力で巣を脱出しようとあがきますが、残念ですがゴブリン駆除の任を引き受けて、そんな人にはひとりも出会ったことがありません。生きる気力もなく、巣穴の中にずっといるようではいけません。彼女たちごと焼き払ってあげなさい。それがゴブリン駆除の際のコツです」 「……そうなんだね。ありがとう」  こうして、アリアはいろんな人から助言を受け、少しずつ、少しずつ冒険者になるための技術を学びはじめた。  神殿にたびたびやってくる冒険者の剣士から剣の技を習い、防御魔法を教える会で、足止めのための魔法や火炎魔法を学ぶと、それを何度も何度も復唱していった。  彼女が冒険者ギルドに登録できるようになったのは、彼女が成人し、神殿を離れる頃であった。 「魔法剣士さんねえ……」 「依頼は来てないだろうか?」 「初心者にはたくさんあるよ。皆が皆、金払いのいい大きな仕事に行っちまうから、小さい国からの仕事は値段が渋いから嫌がるんだよ。初心者も数が集まれば充分パーティになるから、初心者を集めて行っておいで」 「ありがとう」  アリアは髪を短く切り、剣の素振りで太くなった腕で剣を構えた。  ギルドの依頼内容に目を通したが、たしかに初心者向けの依頼は金払いが悪い上に細々として面倒臭いものが多い。それでも、ゴブリン駆除みたいな仕事は来ていなかった。  自分のかつての故郷の閉鎖はまだ解除されないんだろうか。彼女はお使いのような依頼をこなしながら、淡々とその機会を待っていた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!