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アリアの故郷は、本来ならば農村であり、大きな収穫はないものの、丁寧に耕された畑が連なる静かな村だったが。
数年経って足を踏み入れた先には、茂みが見えた。既に畑は茂みで制圧され、並んでいる家も小屋も、全てツタで埋めつくされてしまっていた。
キシャキシャキシャキシャキシャ
そこを蠢くのは、緑色の肌の小鬼……ゴブリンだった。肌を剥き出しにし、小さな者が走り回っている。
小さな子供らしきゴブリンの頭を掴んだアリアは、その首を躊躇いなく斬り捨てた。それにリトは「挑発し過ぎじゃありませんか?」と咎めるが、アリアは獰猛に笑う。
「むしろ乗ってくれなくちゃ困るよ」
その言葉は、辺りの温度を下げるには充分だった。
アリアはゴブリンの子供の頭を投げ捨てると、ゴブリンたちは驚いてこちらを見上げた……ゴブリンの寿命は人間の半分だ。世代交代していたら、人間を見たことないゴブリンだっているから、彼ら視点では巨人と大して変わらないんだろう。大騒ぎで声を荒げはじめた。
キシャキシャキシャキシャキシャ
「ほら! 挑発したからあいつら怒って!」
「人間見たことない訳ないだろう」
「え……」
「子供がいるってことは、また人間さらってるだろう。こいつらは……可哀想なんて思うな。こいつらははらわたをいくらぶちまけてもまだ足りない」
アリアは剣を構えている中、「キシャッ」とゴブリンが襲いかかってきた。丁寧に村の畑に置いてある石を掴んで、それを振り下ろしてきたのだ。アリアは少し掠れる。
慌ててミリィが剣で応戦しようとするが「来るな!」とアリアが止めた。
「この喧嘩を仕掛けたのは私だ。ふたりは関係ない」
「でも! アリアさん!」
アリアはゴブリンたちに担がれていく。それにアリアは歪んだ笑みを浮かべた。それに気付いたミリィが、リトの腕を取った。
「……逃げよう」
「どうして!? まさか今度はアリアさんを人身御供に!?」
「違うよ、私たちまでアリアに巻き込まれちまう!」
「巻き込むって……」
「小さい頃に親をヤラれて復讐に狩られてる奴ぁロクなのがいないんだ。作戦立てるのに、自分の命なんて算段に入れてないからね」
それにリトはガタガタ震えた。
獰猛な笑みを浮かべるアリアのことが頭に浮かんだ。
彼女は……自爆攻撃をしようとしている。リトとミリィはアリアの無事を祝う暇もなく、必死で逃げるしかなかったのだ。
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ゴブリンの巣穴は縦穴式になっている。
上のほうはゴブリンたちの住処であり、食い散らかされた食材の腐敗臭が鼻を突き刺していった。その下にはゴブリンの子供が走り回っている。大人になったゴブリンは俊敏でちょっとやそっとでは人間が捕まえることができないが、子供はアリアが魔法なしでやったように、簡単に殺せてしまう。
ここで足の俊敏さを学んで、ようやく地上に出るのだ。
そして最奥。それがゴブリンが人間たちから駆除対象となる理由の全てがある。
そこからは、青臭いにおいが充満していた。女性たちが、生きたまま地面に突き刺さっているのだ。その目は落ちくぼみ、肌はくすんで見る影もない。その女性たちの周りには。
キシャキシャキシャキシャキシャキシャ
ゴブリンが群がっていた。
人間の女性を母体にして、ゴブリンは生まれる。母体にされてしまった女性たちは、皆自分が異形の子を産んだことを受け入れられず、心が死に、人間の言葉を数年単位で聞かなかったことから、人の言葉も忘れ、ただ活ける屍となって、死ぬまで活動し続ける。
それは果たして生きていると言えるのか。そしてこの母体たちは、まだ若かった……アリアたちと、年がほぼ変わらなかったのだ。
「……やっぱり。国が街道つくるためって言って駆除をはじめるなんて言うからおかしいと思ったんだ。ゴブリンの数が増えて、とうとう他の村にまで被害が及んでる」
アリアは自分の鎧を剥ぎ取って地面に埋めようとしてくるゴブリンを、次から次へと首をはねながら嘯く。
本来ならば妙齢の彼女たちは、老木のように年輪を重ねた肌になってしまっている……異形を生み続けると栄養は全て生まれるゴブリンのものになり、彼女たちの体の維持には使われない。
それにアリアは唇を噛んだ。
「……殺してやる。そのために来たんだから」
アリアは頭からポーション瓶の中身を振りかけると、呪文を唱えた。
「炎上」
瞬間、アリアはポーションごと燃えはじめた。
なんてことはない。彼女のポーション瓶に詰まっていたのは、灯りを点けるための油だっただけだ。
そして燃えながら、ゴブリンに抱き着いた。途端にゴブリンはアリアを引き剥がそうと抵抗しはじめた。母体であったらなんでもいいはずのゴブリンも、さすがに巣穴に招き入れた女が自分に火を点けるとは思い至らなかったのである。
「一緒に燃えよう。一緒に死のう。私の心は貴様らが私の故郷を蹂躙した瞬間に死んだ。蹂躙される覚悟もなくば、私の村に手を出すな……!!」
哄笑が広がった。
ゴブリンたちはその哄笑に恐怖し、逃げ惑った。
しかし、巣が塞がっているから逃げ出すこともできない。それにアリアはクツクツと笑う
。
「出られる訳ないだろう。私を入れたのだから。私が土魔法で塞き止めてやったわ」
蒸し焼き。
元々縦穴式のゴブリンの巣は、腐敗したゴミが溜まって、一度火種を放り投げたら燃えやすくできている。
本来、ゴブリンの巣は火種を入れたら外から蓋をし、焼き殺すのがセオリーだが。ゴブリンの巣に自分で出口を封鎖して自爆した例なんて、当然ながらゴブリンたちも語り継いだことはない。語り継ぎたいものは皆死んでいるのだから。
アリアはくるくると回った。
もう畑もない。家もない。小屋もない。なにもない。
せっかく故郷に帰ってきたのに、思い出がなにもないのだ。
なら、火を点けるしかない。
「死ね」
壊れた笑みを浮かべながら、燃え尽きるゴブリンたちを哄笑し続けていた。
──アリガトウ
既に自我が死んでいたと思われた、埋められた女性のひとりから、たしかにそんな声を聞いたような気がした。
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数刻経ち、やっとリトとミリィは村に戻ってきた。
途中で逃げ惑うゴブリンを殺したが、どうにもゴブリンはなにかに脅えているようで、全く反撃してこなかったのが気にかかった。
既に日が暮れかけている。
「いったい……アリアさんは無事でしょうか。どうしてこんなことに……」
「全く……本当に復讐者にはろくなのがいないよ。まさか……自分から火種を持って巣穴に飛び込んで自爆に巻き込む奴なんか聞いたことがないよ」
縦穴式の巣は、あちこちに出入り口がある。開いている出入り口からはぐずついたにおいを放っている。大方逃げ惑って逃げきれなかったゴブリンが焼けただれたにおいだろう。元々ゴブリンの巣には腐敗したゴミが溜まりやすく、一度火がついてしまったら、簡単に火が回り、逃げ切る前に皆死ぬ。
もちろんその中で火をつけたアリアが生きている訳もないと、そう諦めていたが。
「そんなゴブリンのために死ぬ馬鹿がいる訳ないだろ」
「……っ! アリアさん!」
リトが叫んだ先には、ひょっこりとアリアが立っていた。
革鎧こそ焦げてしまって使い物にならなくなっているが、本人はピンピンしている。
それにミリィは呆れた声を上げた。
「……自爆しておいて、よく無事だったね?」
「単純に火種を一番最奥に持って行くには、私自身がさらわれたほうが早かっただけだ。油を被って自分自身を燃やす前に風を自分自身にかけて火を防いでただけだ」
つまりは、自分自身が燃え尽きないよう事前に風でコーティングし、それで自分自身を守った上で放火してゴブリンを蒸し殺したということになる。
呆れて言葉が見つからなかった。
「……でも。ゴブリンを全滅には及ばなかったようですが。巣穴から逃げた数匹ばかりは仕留めましたし」
「巣穴を全部防ぐには骨が折れるから……でも、またやるよ」
アリアは爛々と歪んだ目をしていた。
「もう人間に危害を加えるのを辞めるまで、何度も何度もあの脳髄に恐怖を叩き込んでやる」
リトもミリィも余計なことは言わなかった。
彼女の見た絶望を思えば、彼女のゴブリンを蹂躙する様は、誰かの役に立つのだから。
小鬼蹂躙者の称号を欲しいままにし、ゴブリンに恐怖する村民たちの救世主と呼ばれるような魔法騎士が生まれたのは、このときであった。
<了>
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