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——驚愕の誕生日から、三ヶ月ちょっと。
七月五日。
僕は首里駅を出て、首里城に向かって歩いていた。
小学生の時に行けなかった修学旅行を楽しむ……というのはオマケ。
『遮熱クリームを作ってくれた人が、あなたに会いたいんですって』
お母さんからそう聞かされた僕は、光の速さで承諾した。
クリームを貰ったあの日から、ずっとずっと願ってきたことが叶うから。
(やっとお礼が言える)
しかも、電話やメールではない。直接会って、僕の感謝を全身で表現できる。
七月五日、十四時、首里城にて。
神様の指定した日程がこうだった。
卒業アルバムで見る度に憧れていた赤い城が目に映った時、僕は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
……って、今は観光してる場合じゃない。学者さんに会わなきゃ。
もう来ているかな? 十分くらい早く着いたけど。
大勢の観光客の中から、たった一人を見つけ出すのは困難だと思ったけど、それは杞憂だった。
僕に背を向けて立っている縦長の男性が、白衣をなびかせていたから。風に吹かれる白衣は、まるで雪みたいだ。彼の足元には白いトランクがある。
僕はごくりと唾を飲み込む。少しずつ男性に近づく。手を伸ばせば届く距離まで辿り着いた時、僕の心が固まった。
「あの、僕、陽山快斗です。あなたがクリームを——」
「今更自己紹介をする間柄じゃないだろう」
適度に低くて耳に優しい声。彼は洗練された所作で、くるりと振り返った。
僕は呼吸を忘れた。
彼の姿は、僕の中の白い思い出が、そのまま歳をとったみたいだから。
両手を広げて、不敵に微笑んで。
「実に愉快な顔だ」
その言葉を聞いた時、僕の驚きは確信に変わった。
「この実験に、4億6685万5869秒を投資した甲斐があった」
白いトランクを開けた彼は、その中身を青空に放り投げた。
「わっ」と驚く声が聞こえたけど、僕には周囲の目を気にする余裕がない。
宙で踊ったのは、数えきれない量のノートだった。
これって、実験の時に書いていたやつ?
そこで僕は、そういえば実験ノートを表紙を見たことがないって気がついた。
一番僕の近くまで飛んできた、赤いノートを手に取る。表紙に書かれた文字を確認した瞬間、僕の目尻のダムが決壊した。
……今の僕の顔は、絶対に愉快なものじゃない。
あの時もそうだった。君が突然居なくなって僕を驚かせた時、僕はベッドの上で泣いていた。
だけど、あの時と違うところが、一個ある。
今の僕は、今すぐにでも、雪を見たいと思っている。
十年以上の時を経て、ヘンテコ実験の名称が、遂に発覚したから。
『幼馴染を愉快な顔にするための実験記録』
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