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——ヘンテコ実験の助手をしているうちに、気がついたら卒業式の日を迎えていた。
今年は冬が居残りをしてくれている。僕はほっとした気持ちで卒業式に参加できた。
教室で最後の学活を終えたみんなは、両親と一緒に学校を去っていく。
玄関で靴を履き替えながら、僕はお父さんお母さんに祝福される。
「快斗も十二歳か」
「時間が経つのは早いわねー」
早生まれの僕は、誕生日と卒業式がかぶるという奇跡を成し遂げていた。お祝いをひとまとめにされそうで、ちょっと損した気分。
下駄箱を開けた僕に、影がかぶさった。
僕の二つ上の下駄箱を開けたその子は、取り出した靴を真下に放り投げて、切羽詰まった様子で履き替えている。
僕は目を丸くした。
「秀くん」
僕の呼びかけに、秀くんは目線だけをよこす。
「そんなに急いで、何かあるの? もしだったら、お父さんの車に乗っていく?」
僕は善意で言った。命をかけられる。
なのに、僕に向き直った秀くんが見せたのは、切なげな顔だった。
「俺は、今日までに実験を成功させたかった」
秀くんはうつむいて、目を閉じる。僕も、お父さんもお母さんも、ポカンとする。するしかない。
変な沈黙を破ったのは、再び顔を上げた秀くんだった。しおれていた表情は、キリッとしたものに切り替わっていた。
「俺は、最後の一秒まで諦めない」
そう言い残して、秀くんは走り去ってしまった。
僕達はしばらく呆然としていた。
今日中に実験を成功させたい? どうして?
その答えは、あの悲しげな表情が知っているの? あんな顔、一度も見たことなかった。
「子供の卒業式にも来ないなんて……月野さんって、そんなに忙しいのかしら」
頬に手を当てたお母さんが、首を傾げた。
「……まあ、今は快斗のお祝いだ!」
手を叩いて場の空気を戻したお父さんが、レストランに行くぞと号令をかける。
僕とお母さんは、それに従った。
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