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——すみやかな水色の空を、鮮やかな桃色の桜が彩りはじめた。
中学校の入学式の日。
僕は病院のベッドにいた。
5℃に保たれた部屋の中で、僕はひとり、窓の外を見ている。白いカーテンが太陽の光をさえぎっている。
「快斗くーん。今日はお祝いのおやつがあるよ」
中に入ってきた女の看護師さんが、桜の形をしたサブレをくれた。
「今年こそ、雪解病を治す方法が見つかるよ。頑張ろうね」
僕は必死に笑顔を作ろうとした。だけど、顔の筋肉が氷みたいに固くて動かない。
こんな寒い部屋に一日中いたら、そうなるか。
僕が病気になったのは、九歳の誕生日を迎えた時だった。
お祝いに遊園地に連れて行ってもらった僕は、観覧車の中で体が溶けだした。
僕を診てくれた色々なお医者さんが首を傾げた。しまいには大学の偉い人まで病院にやってきた。
僕の体を研究した偉い人達は、僕の病気を「雪解病」と名付けた。
——10℃以上の空気に触れると、体が溶ける。
それが僕の病気だ。
僕が外に出られるのは、雪が降る冬だけになった。学校に行けるのも。秀くんの実験の助手ができるのも。
季節は四つもあるのに、そのうち三つを病院で過ごさないといけない。
外に出られたとしても、ヘルメットに宇宙服みたいな完全防備が必要だ。前は見えず、服の重さは百二十キロ越え。普通の生活は無理。沖縄旅行なんて論外だ。
病院に閉じこもって退屈な僕を、ワクワクさせたり、呆れさせたりしてくれたのは、いつだって秀くんだった。
「……秀くん、大丈夫かな」
僕は、ベッドの隣にある棚を見た。正確には、棚の上にある時計。
時計は五時を刻もうとしている。秀くんはいつもこの時間にやってきた。三十分後の面会終了まで、実験のお土産話を聞かせてくれた。
だけど、卒業式から、秀くんの顔を一度も見ていない。
体調が悪いのかな。
それとも、実験が大失敗して怪我をしたとか?
心がざわざわする度に入口を見て、開かないドアに肩を落とす。
何回かその動作を繰り返した時、ドアの近くに落ちているメモ帳に気がついた。
「さっきの看護師さんのかな」
ベッドから降りてドアに近づいた僕は、メモを拾うためにかがんだ。
「そうそう、快斗くんのお見舞いにきてた、カッコいい子がいたでしょ?」
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