幼馴染を愉快な顔にするための実験記録

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 壁の向こうから聞こえてきた声に、僕はしゃがんだまま固まる。 「私の友達が先生なんだけど、東京の智念(ちねん)中学に合格したんだって!」 「超名門じゃん! テレビでやってた! 未来のエリートが集まる中学って!」 「イケメンで秀才とか、私があと五歳若ければ口説いたのにー」  僕の脳が凍りついた。  ……東京? トウキョウ? TOKYO?  頭の中で、意味もなく日本の首都を唱える。  看護師さんが夕食を運んでくるまで僕は、何もしないでしゃがみ込んでいる、氷の彫像になっていた。  ——僕の脳が溶け出したのは、寝る時間になってからだった。  秀くんは東京に行ってしまった。何にも言わないで。 (どうして教えてくれなかったの?)  ベッドの上に横になって、掛け布団をぎゅっと握る。  眠らなきゃいけないのに、目を閉じれば秀くんとの実験がよみがえって、また同じ疑問に帰ってくる。 (どうして教えてくれなかったの?)  そうしてまた目を閉じた時、僕が雪解病になって最初に迎えた冬を思い出した。
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