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『下駄箱に突っ込まれていたチョコを見て思い立ったんだ。チョコレート公園を作ろうと』
冬の寒い日に、雪の積もる空き地にくる人はいない。
貸切状態の空き地の真ん中で、秀くんは人差し指を立てた。秀くんの足元には、横に長いクーラーボックスがある。
とりあえず僕は聞かないといけない。
『何でそんなものを……』
『日常時は遊び場に、有事の時は非常食になる。画期的だろう。そういうわけで、試しにこれを作成した』
秀くんは、さっきから異常な存在感を放っているクーラーボックスを開けた。
僕が中を覗くと、チョコでできたタイヤが確認できた。正確にはタイヤの上半分。
タイヤを取り出した秀くんは、どかっと雪に突き刺す。跳び箱の要領でタイヤを飛び越えて遊ぶ、あの遊具みたいになった。
『触ってもいい?』
『それが助手の務めだ』
僕はタイヤに手を置いた。ゆっくりと力を強くしていく。その様子を、秀くんはじっと見つめている。
僕が最大の力を込めたと同時に、タイヤがバキバキバキ! と音を立てた。
『うわ! ごめん!』
秀くんは僕の謝罪に答えず、ヒビの入ったところを指で撫でている。
『体温程度で溶け始めたら……ダメだな』
風のような速さでノートを開けて、すらすらと何かを書きつづる。
白い息を吐きながら、大真面目に記録をする秀くんに、僕は聞いた。
『どうしてこんな実験をしているの?』
僕の方を見た秀くんは、きょとんとする。
『決まっているだろう』
すっと立ち上がった秀くんは、不敵な笑みを浮かべた。
『人間の表情で一番愉快なのは、驚いた顔だ』
秀くんは両手を大きく広げた。
『驚愕の瞬間は、あらゆる感覚がその対象に奪われる。俺が誰かを驚かせるということは、その誰かの全感覚を、俺のものにするということだ。どうだ。ゾクゾクしないか』
そう言い終わると同時に、空からふわふわと雪が落ちてきた。
冬しか外に出られない僕の思い出は、いつも雪の白に染まっている。
真っ白な景色の中に、強烈な輝きを放ちながら、秀くんが立っている。
(こんな驚かせ方、ないよ)
暗く寒い病室の中で、僕の瞼が燃えるように熱くなっていく。
鏡がなくても分かる。今の僕の顔は、涙でぐちゃぐちゃだって。
(こんな顔が愉快なの?)
せめて、ちゃんとお別れをしたかったのに。
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