幼馴染を愉快な顔にするための実験記録

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「……あれ?」  僕の目が、無駄にパチパチとまばたきする。  廊下の窓から、太陽の光が差し込んできている。それは僕の左腕を貫いている。  太陽の直撃を受けているのに、左腕はびくともしていない。  そもそも廊下の気温は、僕の融点(ゆうてん)を余裕で超えているはずだ。それなのに、僕の体はピンピンとしている。地に足がついている。  僕は永遠の冬を手に入れた。 「ああ……」  両親と看護師さんと一緒に中庭の桜を見た時、僕の中にようやく現実感が走り出した。    僕は自由になれたんだ。  百二十キロの宇宙服も、前が見えなくなる大きさのヘルメットも必要ない。  この身ひとつで、世界を見ることができる。肌で感じることができる。  春の花を、夏の海を、秋の山を。  さっきお父さんとお母さんがくれた写真集の景色を、生で見ることだってできる。 「あの、このクリームを作ってくれたのって」  僕の質問に、看護師さんは首を横に振った。 「快斗くんに匿名で渡すこと……それが、クリームを貰う条件だったの」  答えを聞いた時、僕は虚しくなった。秀くんが黙って居なくなったと知った、あの日と同じ。  このクリームをくれた人は、僕の救世主、いや、神様だ。  ……せめて、ちゃんとお礼を言いたいのにな。 (どうして名前を教えてくれないんだろう)  神様の考えることが、僕には分からなかった。
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