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第1章・呪縛 3ー②
ここから逃げなければ。
昨日の暴力にも似た性行為が、光司を恐怖のどん底に陥れた。
あんな事をこれからずっと強要されたら、自分は壊れてしまう。
何の快楽もないセックスだった。
荒々しく挿入されたスゥェイドの雄は、光司の心体を貪り尽くした。
光司は一度も感じる事もなく、痛みの恐怖だけが植え付けられた。
仲間に迷惑がかからない所へ逃げる。
それしか光司の頭にはなかった。
痛む体を引き摺って風呂で体を清め、一番質素な寝間着を着た。
他の服は、きらびやか過ぎて街中ではかえって目立ってしまう。
自分には必要ないと思われたクフィーヤも頭から被り、留め具のイカールも出来るだけ地味な物を選んだ。
幸い、交代の時間なのか扉に立つ衛兵はいなかった。
光司は壁を伝い、痛む腰を押さえながら歩いた。
痛みで額からは脂汗が流れていたが、このタイミングを逃したら衛兵が帰ってきてしまう。
正門から出ると目立つので、本殿とハーレムの裏側の出口を探す事にした。
本殿の横から抜けると、ハーレムの渡り廊下から、第二側室のクロエが歩いてきた。
光司はすぐに頭を下げたが、腰の痛みでぎこちない所作になってしまった。
「クロエ様、おはようございます」
「随分と具合が悪そうね。コウジ。殿下も本当に物好きでいらっしゃる事」
クロエは、片方の眉を吊り上げながら見下すように吐き捨てた。
黒いレースの頭から被る短いヒジャブと、その豊満な胸の谷間からへそまで見える、スリットの入った過激な黒いドレスは、妖艶な彼女には似合っていたが、毒々しくもあった。
「その姿だと、昨日は殿下のお戯れが過ぎたようね。でも、理解はしておきなさい。殿下は、東洋人の男なんて珍しいから今は面白がっているだけで、すぐに飽きられるんですからね」
「分かっています……」
クロエの吐いた毒は、痛む腰と相まって、光司の心と体の両方を苛んだ。
「常に出ていく準備はしておく事ね」
そう言うと、彼女はヒールの音を高らかに鳴らしながら、本殿へ去って行った。
それを確認してから渡り廊下の間の草むらを横切る。
宮殿の裏側は、正面玄関程に離れず、その外壁を現したが、高さ10メートルはあろかという壁の、どこにも出口は見つけられなかった。
「何をしている」
光司の後ろから、低く地を這うような声がして、振り返った。
スウェイドがゆったりとした足取りで近付いて来た。
「執務の息抜きに窓の外を見ていたら、お前が出て行くのが見えた。衛兵は何をしているんだ。処罰せねばならんな」
「や、やめてくれ!俺が勝手に……」
「勝手に?」
「散歩したい……と、思ったから……」
「普段は付けもしない、クフィーヤを被っての散歩か」
光司の体がスゥェイドの一言一句にビクビクと反応していた。
昨日の激痛を伴う性行為の恐怖が、光司の体を萎縮させていた。
スウェイドと目を合わせるのも怖い。
光司は歩み寄ってくるスウェイドと同じ距離だけ、後退った。
怯える光司に苛ついたスウェイドは、強引にその腕を掴んだ。
「……ヒィッ!」
小さな悲鳴を漏らす光司に構わず、スウェイドはその体を横抱きにした。
「あっ……!あっ……!イヤぁっ!」
光司は足をバタつかせ、あらん限りの力で抗った。
だが、スウェイドはその細い体を縛りつけるように抱き込んだ。
「暴れるな。体が辛いだろう。今日は何もせずに休め」
大きな歩幅で歩くスウェイドは、その振動を腕に伝えないように気を配った。
自室に入ろうとすると、明るい声が二人を呼び止める。
第三側室のマライカだった。
大きな零れんばかりの瞳に長いまつ毛、その愛らしい顔はハーレム一の美少女と歌われるだけのものであった。
豊かな縦ロールの黒髪を見せる為の、薄いピンクのヒジャブを被り、ピンクのレースのドレスを着ているその姿は、まるでお伽噺のお姫様が本から現れたような可憐さだった。
スウェイドに大事に抱き抱えられる光司を見て、マライカの表情は一瞬、歪んだが、まるで何事もなかったかのように駆け寄っていった。
「スウェイド様、今日の昼からは交響楽団をご観覧予定ですよね?宜しかったら私を連れて行って下さいません?私、新しいドレスを新調していて……」
「悪いがマライカ。あれは従兄弟のザィールに頼む事にする。行きたければ、ザィールと行くが良い」
「ス、スウェイド様は私が他の男性と出掛けても宜しいんですか?」
部屋に入ろうとするスウェイドの腕に、マライカがすがった。
「構わん」
吐き捨てるように言うと、スウェイドは光司を抱えたまま、部屋に入って行った。
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