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ぼくは納得したように頷いた。社長って結構面食いなんだけどこういう人も好きだったりするのかな。それともぼくみたいにただ情で相手してるだけなのかも。
明日から4月。町の風はまだ少しだけ冷たい。土の見える田んぼはもう使われることはないのに、どこか春を待っているような気がして寂しくなった。多分社長も同じ気持ちだ。寂しがり屋なのにひとりで頑張ろうとしている。
ぼくはいつか死ぬ。黒須だって多分ぼくよりもっと早く死ぬ。ぼくが死んだら社長は新しいセフレ作るんだろうな。どんな人なんだろう。どんな人だって許すけど、ぼくがそれを知ることができないのが少し悔しい。
「あ」と黒須が塗料の缶を置いて走り出した。民家の庭に勝手に入り込んだ。ぼくは黒須の小さな背中から顔を覗かせた。紫色の花にちょうちょが止まっていた。
「ヒメギフだ」
「アゲハ?」
「ヒメギフって言ってんじゃん」黒須は背後のぼくをちらりと見遣るとまた前を向いた。「早いな。もういるんだ」
なんか、こういうのいいな。ぼくは思った。こういうの社長に教えたいし、覚えていて欲しいし、ぼくが死んだ後も思い出して欲しい。黒須をセフレに選んだ理由は何となくわかった。ぼくは黒須の身体には大きすぎる缶を代わりに抱えて「早く始めないと日が暮れちゃいますよ」と言いながら歩き出した。
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