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N-1
「なぁ、翼ぁ……お前、2組の仙田さんを振ったんだって?」
月曜日の朝、登校すると、既に一昨日の事実が噂になっていた。HRが始まるまで、あと10分。男子からの好奇心と、女子からの批難の視線が矢のように俺に突き刺さる。
「だからなに?」
「いやぁ……あのレベルでも、お前を落とせないのかと思って」
「……はぁ?」
あのレベルって、どのレベルだよ。隣席の小林の愚問には呆れるばかりだ。
「翼ってさぁ、好きな子いないわけ?」
「いないね」
「即答かよ。勿体ねー」
なにが勿体ないんだ。自分の関心がない相手から幾ら好意を寄せられても、迷惑なだけで。近所の飼い猫に懐かれた方がまだマシだ。
俺は深く息を吐いて、トイレに立った。
「柳井って、ちょっと顔が良いからって生意気だよな」
ああ……ここでもか。男子トイレの入口で、自分の名前が聞こえて足を止めた。
「女子もなぁ……結局、見た目かよぉ」
「田中さんも『クールで気になる』って言ってたぞ。単に愛想ナシってだけだろ」
「だよな」
「どこがいいんだろうな」
この声は、同じ1組の舘野と水原と……吉田か。
「簡単に手に入らないから、欲しがるんじゃねぇの」
「そうかもなぁ。俺ら、がっつきすぎなんだよ」
「あはは。それ、お前だけだろー」
つまらないやっかみなんか聞き飽きた。俺に非はないんだから、堂々としてればいい。気まずいのはアイツらだ。このまま、トイレに入るか……?
「そういえばさ、柳井って1人暮らししてるって知ってた?」
一歩踏み出しかけた……足を止める。
「ああ、母親が病気なんだっけ?」
「いや、ずっと前から、家を出ているらしいぜ」
「へぇ……?」
「柳井んち、父ちゃん死んでるだろ。その前から、母ちゃんの姿見てないって」
「離婚?」
「さぁ……。でも、同じ小学校だったってヤツが言ってたぞ」
「じゃ、メシとかどうしてるんだよ」
「知らねー。コンビニじゃねぇの」
「ふーん。あ、やべ、予鈴だ」
立ち聞きしていたことを知られたくなくて、咄嗟に廊下を戻り、階段を二段飛びで駆け上り、3階の男子トイレで用を足した。
噂されることには慣れている。その噂が、いい加減だってことも。本当のことなんて誰も知らないけれど、俺から話す必要もないし、知ってもらう必要もない。ああ、嫌だ嫌だ。
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