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N-3
予定より少し遅れたが、中学卒業を機に、俺は正式に柳井一族の後継者としての権利を放棄した。大叔母と顧問弁護士の立ち会いの下、誓約書に署名捺印した。新たな後継者には、異父弟のどちらかが選ばれるらしいが、俺の知ったことじゃない。
白丘学園での生活は、中学の頃と大して変わらなかった。俺は相変わらず他人に関心が薄かったから、特に親しい友達も作らなかったし、女子から告白されても付き合おうという気持ちにはなれなかった。
「翼ぁ、お前なんで彼女作んねぇの?」
「は……はぁ?」
夕食後、机に向かって明日の予習をしていたら、不意に質問が飛んできて、思わず間抜けな声が出た。
白丘学園の寮は男子寮のみで、毎年部屋替えがあるけれど、1、2年生は上級生と同室になる決まりだ。同室の筧輝倫先輩は、2年生でサッカー部の副キャプテンという実力と華を兼ね備え、明るく社交的な性格だ。当然のように女の子にモテているけれど、“彼女”はコロコロ変わっている。
「女の子は、気持ちいいぞう。柔らかくて、フワフワしててさぁ」
ベッドに寝転がってスマホを弄りながら、筧先輩はニヤニヤしている。どうせ新しい“彼女”とRINEでもしているんだろう。
「筧さん、この前、『女って、わけ分かんないことで怒る』って言ってませんでしたっけ?」
「そりゃあ……俺達とは違う星の生き物だからな」
「異星人ですか」
付き合うにしても別れるにしても、メンタルに尋常ならぬ負荷がかかるはずだ。俺は幼い頃から、心を病んだ父の姿を嫌というほど見てきた。彼をあの状態にしたのは、恋い焦がれた相手を永遠に失ったことが原因だった。だから、他人に想いを寄せる――他人に心が縛られることに、俺は密かに恐れを抱いている。
「あのさぁ、もしかしてお前、男が好きとか……」
「バカなこと言わないでください」
「だよなぁ。単なる草食クンかぁ」
ははっ、と無神経に笑いを溢す。それが癪にさわって、よせばいいのにこの話題を引っ張ってしまった。
「逆に訊きたいですね。どうやったら、簡単に他人を……しかも異星人を好きになれるんですか」
振り向くと、ちょうど身を起こした筧先輩と目が合った。彼は真っ直ぐに俺を見ている。
「ふるえるんだよ。胸の奥がさぁ。出会った瞬間、胸倉を掴まれて記憶を飛ばされるみたいに……鮮明に、さ」
意外にもロマンチックなことを言う。
「ま、お前もいつかそういう経験をするときが来るって。ははは」
多分、俺はポカンと呆けた顔を晒したのだろう。筧先輩はニカッと笑うと、またベッドにゴロンと仰向けになった。
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