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T-3
「恋しているだろう、翼」
「なっ、なに言ってんですか」
別室になったのに、筧さんは時折部屋にやってきては、俺の動揺を誘う。
「絆されるなよ。グラビアアイドルが写真家に惚れるようなもんだぞ」
恋多き筧さんは、同性同士の恋愛を否定していない。けれども、彼は、圭人さんが俺をモデルに絵を描いている理由を、下心があるからではないかと邪推しているのだ。
「そんなんじゃ……圭人さんとは、そんな関係じゃありません」
「それじゃ、絵を描き終わったら、もう会わないつもりか? あっちが『さよなら』って言ったら、お前も忘れられるのか?」
「忘れるって……」
改めて問われて、愕然とした。確かに絵が完成したら、俺達が会う理由はない。
「……翼」
突然、視界が滲んだ。胸の奥がギュウッと痛くて……ボロボロと熱い滴が溢れていく。
「バカだなぁ……お前、それが恋なんだよ」
ポンポンと筧さんが頭を撫でた。涙はどんどん流れて止まらなくて、ティッシュの箱を抱えたまま何度も鼻をかんだ。
父が箕尾先生に惹かれた気持ちが、今なら分かる。2人の恋は成就して、心は深く結びつき、どんなに幸せだったろう。けれども、父はまだ15歳で――柳井家の後継ぎという呪縛から逃れられなかった。
箕尾先生との自由を手に入れるための取引だった“形だけの結婚”が、箕尾先生を絶望に追い込み死を選ばせた。愛する人を永遠に失った父もまた絶望し、心を壊した。
『今、おちていきます、先生』――臨終の床で父が口にした最後の言葉を、俺は忘れない。箕尾先生がおちた地の底に、父もまたおちていったのだ。
俺は、彼らの恋をトレースするつもりはない。おちるなら、地の底じゃない。大好きな人の腕の中だ。
だから、決めた。父と箕尾先生が繫いでくれた運命の続きは、自分の手で拓く。年末年始の帰省で閉寮になる日、俺は圭人さんに会いに行く。怖くて不安で堪らないけれど、この震える胸の真実を、きちんと伝えて……前に進むために。
【了】
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