57 偽計

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──なんだこれは。 粗暴な男についていった騎兵の亡骸が森のなかで、あちこちに転がっている。 糸、か……。魔法で生み出された硬い糸。銅よりも硬い金属のようだが、理知的な男はそれがなにで出来ているのかまではわからなかった。その硬い糸が木々の間に無数に張り巡らせている。試しに木の枝をその硬い糸に放ってみると音もなく滑らかに切れたので驚いた。 だがこの亡骸の多さには疑問が残る。この場で転がっているのは全員、魔人のなかでも精兵ばかり。当然魔法も使えるので魔力で生み出されたこの糸を注意すれば難なく避けられるはずなのにいったいなぜ? 「うっ……」 部下のひとりが足元付近にある硬い糸に触れないように飛び越えると、呻き声とともに首と胴がきれいに切断された。 「お前たち一歩も動くな!」 魔人の幹部である理知的な男でさえ、よく目を凝らさないと視えない透明な糸がある。「魔力」が視えるのを逆手にとられ、本当の罠に誘い込むための囮として使われている。巧妙な罠に気づいた途端、カラダが冷えていくのを感じた。 これはヤバい(・・・)。 「すぐに退……」 長髪の理知的な男は退却の号令を最後まで言い切ることができなかった。 視界がグルグル回り止まったかと思うと、地面に頬がくっついていて、切り離された自分の胴体を見上げる。 ドサッと目の前に粗暴な男の首が落ちてきた。 同時に周囲の部下たちの悲鳴があちこちで聞こえる。ダメだ。完全に嵌められた。 頭の上の方で足音が聞こえ、長髪の男の視界にまだ成人にもなっていない人間の少女が映り込む。 「うん、やっぱりコイツがもうひとりの幹部だね」 失われていく意識のなか、長髪の男は知っているはずの人間の姿かたちをした目の前に立っている別の「ナニか」がすべてを壊すことを確信した。
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