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それは溶けそうに暑い夏の日のこと
一歩でも足を踏み出せば溶けて死んでしまう。そんな予感を抱かせるほどに、アスファルトは太陽の熱で焼けていた。
天気予報によると、八月二十日の最高気温は三十四度。篤雪の体温と同じだ。
普段であれば真夏の日中に出歩いたりしないが、忌日明けは午後から出勤すると宣言してしまった。視界が歪んで見えるのは暑さのせいだけではない。
風一つ吹かない凪いだ灼熱の中、もがくようにして足を踏み出す。ネッククーラーはとっくに冷気を失いぬるくなっていた。
……ああ、あつい。溶けそうだ。
額から汗が滴り落ちて、歩道に染み込んでいく。横断歩道の手前で立ち止まると、記憶の中にだけ存在していた声が隣のサラリーマンから聞こえた。
「あれ、もしかして篤雪?」
十年ぶりに鼓膜を揺らした声音によって、血が沸騰したような錯覚を起こす。弾かれたように身体ごと向き直った。
「露生……」
はっきりとした二重の瞳に、驚いたように開かれた大きな口。百八十センチある篤雪より五センチ低い身長差は変わっていない。
明るい茶髪に染められていた髪は社会人らしく黒髪になっており、丁寧にワックスをかけて洒落た形に整えられている。
「わあ、本当に篤雪だ! 元気にしてたか?」
こんなところで会えるなんて。君こそ元気そうだ。同じテンションで返したかったけれど、霊に取り憑かれたような表情を晒してしまう。
「まあまあ。生きてた」
「なんだよそれ。お母さんも変わりないか?」
「八月十七日に息を引き取った」
母親はつい先日、闘病生活の末に亡くなった。白血病だと余命宣言を受けてから、丸三年。元々体の弱い人だった割には、よく持ち堪えた方だと思う。
支える腕が痺れて、感覚がなくなるくらいには長い時間だった。
「ごめん、俺何も知らないで……」
「気にしなくていい」
信号が青になっても動けずに、露生はかける言葉を探している。
「そうか……生きてるうちに一言、謝りたかったな」
「謝る?」
違和感が耳を引っ掻いた。
「僕は、僕たちは謝るようなことはしていない」
「だとしても、俺はお前を溶かして、傷つけてしまった」
篤雪はアイスのバース性に生まれついた。アイスはジュースと結ばれると死ぬ。ジュースの体液はアイスを溶かす。汗をかいた状態の露生と触れ合うだけでも、篤雪の体は溶けてしまう。
アイスやジュースに生まれて愛し合ったとして、一体何が悪いんだろう。歯止めが効かずに篤雪が全て溶けてしまえば、たった一人の家族を失った母は泣いただろうが。
篤雪を好きになったことだけは謝らないでほしい。
「僕はなにも後悔していない。今だって」
歩行者信号が再び赤に変わった。ここで止めておくべきなのだろう。
信号機に視線を移した篤雪を、露生はひりつくような眼差しで見つめた。また一筋、額から汗が流れ落ちていく。
……ああ、あつい。溶けそうだ。うだるような暑さの日には、人生で一番死に近く、輝いていた高校生活のことを思い出す。
ソーダアイスの甘ったるい味や、一緒に聞いた海の潮騒までもが、鮮やかに脳裏によみがえってくる。
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