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露生との距離
「高校最後の思い出作りに、みんなで海にでも行くか」
期末テストが終わって開放感溢れる教室でのことだ。友人の小鷹から誘いを受けて、気がつけば頭数に入れられてしまった。
高橋が篤雪の隣の席で吠える。
「うおーナンパしてぇ、彼女ほしい」
向かいに座って椅子にもたれかかる小鷹が、高橋の坊主頭に視線を向ける。
「お前じゃ無理だろ」
「なんでだよ。海と言えばナンパだろ」
髪を茶色く染めた比果露生は、窓枠に立ち後ろ手で体重をかけながら、口を尖らせる高橋に同調する。
「いいじゃん、いかにも夏って感じで! 好みの女子がいたら協力するよ」
「わかってんなあロウ! 頼むぜ」
盛り上がる友人達に水を差したくなくて、暑いから行きたくないとは言えなかった。
高校最後という言葉が胸に残ったのもある。
高橋は野球強豪校へのスポーツ推薦、小鷹はAO入試で現代美術大学を受けるらしい。露生からは東京に出たいと聞いているし、地元に残る篤雪とはみな離れ離れになるだろう。
無言でいる間に話は進んでいき、行き先や決行時期まで勝手に決められていく。小鷹に肩を叩かれた。
「碓氷もこの日空けとけよ」
「ああ」
短く頷いて席を立つ。下駄箱まで向かうと露生が追いついてくる。
「篤雪、この後ヒマ?」
頷くと、露生は隣に並んだ。
「テスト明けだし、今日はゲームしよ。お前んちでいい?」
「ああ」
太陽の光を遮っていた雲が晴れて、容赦無く篤雪達に降り注ぐ。冷感シートを首筋に当てながら歩いていると、露生がうちわを鞄から取り出した。
「仰いであげようか」
「いい、貸せ」
取り上げて、顔に向かって扇ぐ。ぬるい風が額の汗を乾かし前髪を乱した。
「暑がりなんだから、うちわくらい持ち歩けばいいのに」
「こんな物は気休めだ」
扇いでいると無駄に動いた分、もっと体温が上がる気がする。かといって、下校中に友達からうちわで扇がれているのも変だ。何をどう足掻いたって夏は暑い。
中途半端に冷気を吐き出す電車に乗り込み、二駅先の自宅へ着く。
勝手知ったる様子で篤雪の部屋に向かう露生を構うことなく、冷蔵庫へ突進すると中から麦茶を取り出し一気に煽った。ああ、生き返る。
二階に上がると、露生はすでにゲームのセッティングを終えてベッドに腰掛けていた。
「冷房も入れといた」
「助かる」
ローテーブルに氷の入ったお茶を置き、ぐったりとベッドの足にもたれかかる。露生の長い指がグラスへと伸び、お茶を一口含んだ。
「やっぱ夏は麦茶に限るよなあ」
汗だくの篤雪とは違い、露生は鼻先に薄く汗を滲ませているだけだ。
冷感シートで顔を拭きながら、恨めしげなため息を吐いてしまう。気づいた露生は苦笑した。
「体温が低すぎるせいで極度の暑がりなんだっけ、難儀な体質だよな。俺はお前の体温、気持ちいいから好きだけど」
拭いたばかりの額に熱を帯びた手が触れる。せっかく涼しくなってきたのに熱い手で触られたらたまらない。
それに……露生に触られるのは、どうも落ち着かない気分になる。
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