暑さごとき、じゃない

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暑さごとき、じゃない

 露生の手を払い避けると、大袈裟に嘆かれた。 「ひでえ、避けることないじゃん」 「前回どこまで進めたっけな」  画面に視線を向けると露生は大人しくなった。掘って造ると英語で書かれたゲームに夢中になる。  篤雪が冒険に出かけている間、露生は淡々と資材集めをする。会話はない。必要なかった。  漂う空気が自然で心地いい。露生の表情も柔らかで、教室にいる時のように無駄に笑ったりしない。  彼の息遣いとボタンを押す気配が、篤雪の背骨から芯を抜いていく。  だが今日は、妙にため息が多い気がする。なんでもない場面でまた一息。 「何だ、そのため息は」 「え」  露生は肩を跳ねさせた。見開いた目は固まっていて、しまったと後悔したがもう遅い。違う、責めた訳じゃないと心の中で言い訳した。  大きく育った体にぶっきらぼうな物言いが組み合わさると、威圧的に聞こえるとわかってはいるものの、癖になっているようでなかなか直らない。露生は下手くそな笑みを顔に貼りつける。 「いや、レア鉱石出ないなって」  線を引かれている。明るく染めた髪、よく動く表情に楽しげにはしゃぐ声。どれもが露生を陽気に見せているけれど、本当の彼は部屋にこもって一人でゲームをすることが趣味の陰気な少年だ。  たまたま同じゲームが好きだった篤雪とは時々マルチプレイをするが、一緒にゲームをしていたって別々にしたいことをしている。  篤雪は立ち上がると、お茶を一気に飲み干した。 「おかわり持ってくる」  お詫び代わりのせんべいも持っていくと、露生はお手本のような笑みを浮かべた。 「美味そうだな、もらっていい?」  頷くと、露生はせんべいをかじった。小気味いい音が耳に届く。 「うん、美味い」  そして再び無音の空間になる。これでいい。露生が話したくないことは、篤雪だって聞きたくない。  この距離がちょうどいいんだ。  胸を撫で下ろして、地図を埋める作業に戻った。 *  お互いに踏み込まなかった一線を超えたのは、友達と海に行った日のことだ。あの日は熱中症警戒アラートが発令されるほどの猛暑日で、はしゃぐ高橋の後ろで篤雪は挫けそうになっていた。 (暑い……暑すぎる)  日陰にいても汗が吹き出て止まらない。冷感シートの成分も汗で流れて効果がなかった。 太陽から降り注ぐ熱と、白い砂浜から照り返す光にあてられて、海に着いたばかりなのに瀕死状態だ。 「よし、ナンパすっぞ! アツユキ、へたってる場合か!」  高橋が声をかけてくるが、返事すら億劫だ。じっとりとした眼差しで無理だと訴える。 「なんだよ、そのために来たんだろ?」 「いつもより辛そうだな」  小鷹が指摘するが、高橋は説得をやめない。 「へばるなよ! 暑さごときに俺たちは止められねえ! ほら、気合い入れろ!」  日陰の外に連れ出されそうになり、手を振り払った。高橋は表情を変える。 「おい、いい加減にしろよ。盛り下げてんじゃねえ」 「お待たせ……何してんの」  ペットボトルの水を抱えた露生は、篤雪と高橋を見比べた。険悪な雰囲気を察知し、露生はパッと明るい声を出す。 「さっき自販機の前で女子大生の二人組と出会ったんだ。結構可愛かったから声かけてみたら?」 「マジで!? 小鷹、行こうぜ」 「まあいいけど」  二人が去ると、露生は篤雪の手を引いて木陰の奥まで引っ張っていく。
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