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どうしようもなくなる時
横顔に魅入りそうになる度に目を逸らし、彼の心が開くのを待った。
「もうすぐ文化祭か」
篤雪は本棚から取り出したアルバムをベッドに積みあげ、めぼしい写真を探していた。
受験組の負担にならない催しということでクラスの催し物は展示に決まり、思い出の写真を各自持ち寄るように文化祭委員からお願いされている。
「そうだね……」
露生はコントローラーを握ったまま、魂が抜けたような返事を寄越した。そのままベッドにもたれかかる。
ベッドに腰掛けていた篤雪の太腿に露生の肘が触れて、布越しなのにどうも熱く感じる。騒つく胸を宥めて彼の腕を足先へと押しやった。
最近は篤雪の部屋に入り浸る時間が増え、話しかけても上の空だ。学校ではカラ元気を出しているが、小鷹からは訝しがられていた。
……どうしようもなくなるのって、いつなんだ?
いっそのこと踏み込んでしまいたい。けれど篤雪という逃げ場を無くしたら、露生はもっと心を閉ざしてしまうかもしれない。グッと言葉を飲み込んだ。
「思い出の写真、何にするんだ」
露生は返事を寄越さず、昏く瞳を濁らせた。
まずい、失言したようだ。何がいけなかった?
クラスで写真を撮られる機会があっても、露生は平然と笑っている。
そういえば二年半の高校生活で、一度も露生から家族の話を聞いたことがないと思い当たった。息を潜めて彼の様子をうかがう。
「まあ、うん。適当にする」
目の前でシャッターが落ちる。ガラガラピシャン、これ以上は踏み込めない。
露生はいつもと変わらない顔をしてゲームを続けた。
斜め下で呼吸に合わせて上下する肩に手をかけて、振り向いた頬を捉えて唇をこじ開ける妄想をする。
体重を前に傾けた時、露生は弾んだ声を出し画面を指さした。
「お、見つけた!」
心臓が全速力で走った時のようにリズムを刻んでいる。探していたレア鉱石が画面いっぱいに映し出されていた。
「ああ、うん」
「なんだよ、篤雪が欲しいっていうから探してたのに、それだけ?」
唇を尖らせる露生を見て、篤雪は慌てる。
「いや、ありがとう」
「どういたしまして」
いたずらっぽく笑われる。苦しくて胸を押さえた。露生が表情を変える度に、篤雪の気持ちも釣られて振り回されてしまう。
アルバムをしまうフリをして、立ち上がり距離をとった。
*
文化祭当日の朝、着替えている時にスマートフォンの呼び出し音が鳴った。露生からだ。
ブレザーをベッドの上に放り投げて通話ボタンを押す。
「どうした」
「……」
「露生?」
ねっとりと重い沈黙の後、露生は消え入りそうな声でささやく。
「今日、学校サボらない?」
ついに『どうしようもない時』が来たのだとピンときた。
高校最後の文化祭、店番の時間だって決まっていて、高橋からは出店を冷やかそうと誘われていた。小鷹も一緒に見たい展示があると言っていた。
「いいよ」
そんなことよりも露生が気になってしょうがない。
半分着用した制服を脱いで、私服を着てから親の目を盗んで家を出た。血が勢いよくめぐって耳元がうるさい。
学校と逆の方向へ歩きながら、具合の悪い露生の様子を見にいくから休むと、小鷹宛にメッセージを打つ。
待ち合わせ場所に指定したカラオケにつくと、露生は席の上で膝を抱えていた。
「露生」
名前を呼ぶと勢いよく顔を上げる露生は、今にも泣き出しそうな顔をしている。
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