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ガバっと起き上がったマイケルの方を、エリザベスは見ない。
「わたし、こんな髪でしょう?」
「綺麗だよね。なめらかなビロードみたいだ」
「……子ども部屋では最初、暗い色だってからかわれてたでしょ?」
「覚えてるよ。見る目がないにもほどがある」
「殿下がそう言ってくれたから、なんだか自分に自信が持てたの」
宝物を見せるような、どこか嬉しそうな顔で、エリザベスは思い出を語る。
九歳のあの日、王宮の庭で泣いていたエリザベスを慰めてくれたのは、マイケル第二王子だった。
「黒いのはだめ?」と泣きながら尋ねたエリザベスに、彼は「すごく綺麗だ」と一言だけ言って、走り去った。
本当に、そのたった一言だけ。
けれども、エリザベスには、それがとても嬉しい事だったのだ。
それを言った時のマイケルが、なんだか照れたような素振りで、本当に心から思ったことを言ってくれていると感じたせいでもあるのだろう。
だけど、マイケルの周りには、いつだって可愛い令嬢達が沢山いて、エリザベスの入る隙なんて少しもなかった。
「だからね、皆に嫌がられる黒髪の自分は、殿下の邪魔にならないように、遠くで見ているだけにしようって思っていたの」
そうしたら、ある日突然、エリザベスはマイケルの婚約者に選ばれてしまった。
驚いて、でも嬉しくて、親に連れられてマイケルに会いに行った。けれども、マイケルはまだ令嬢たちに囲まれていて、そのときふと、見たこともないくらい優しい顔をしたのだ。
「金髪でね、若草色の瞳の、可愛い女の子だったの。ちっちゃくて、お人形みたいで」
エリザベスは、そのとき、動けなかった。
だって、エリザベスは黒髪で、背がそんなに小さくもなくて、マイケルの目の前にいるような可愛らしい令嬢にはなれない。
しかも、マイケルはエリザベスを見た瞬間、カッと顔を赤らめたあと、目を逸らしたのだ。
エリザベスは、その場から走り去った。
父侯爵に、今日は帰りたいと泣いて訴えて、顔合わせは別日程に変えてもらった。
そうして、エリザベスは心の準備をして、マイケルと向き合うことにしたのだ。
婚約を聞いて嬉しかった心に蓋をして、冷たいそぶりのマイケルを見ても傷つかないよう、『元々嫌われているんだから』と自分の気持ちに魔法をかけた。
『もしかしたら、好きになってもらえるかも』『政略結婚なのだから、簡単には婚約解消なんてできない』という魔法の盾を手に入れて、婚約解消を先延ばしにした。溺愛小説を読んで、自分の恋は諦めることにした。
でも、最近はマイケルのことを思うだけで嫌な気持ちになるばかりで、エリザベスは本当に限界だったのだ。
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