第二幕 驚嘆と愁嘆のサーカス

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00c98ff1-593c-4444-bed0-d4daa0633e49 「すごい人混みだね」  なんとかチケットを二枚分手に入れた僕たちは、客としてサーカスのテントの前に並んでいた。 「アイリスちゃん」  聞き覚えのある声に周りを見回すと、長身の男性がこちらに手を振りながら近づいてきた。 「もしかしてダリアさん?」 「そうよ」  ダリアさんは前髪をかき上げ、ウインクを飛ばしてきた。見た目は完全に男性で、髪も以前より短い。仕草や声以外は、前に会ったときの姿と完全に別人だった。黙って立っていれば、誰も魔女だなんて思わないだろう。 「ダリアさんもいらしてたんですね」 「また材料採取の帰りに寄ったのよ。アイリスちゃんが町に来てるって聞いたから様子を見に来たの」  話しているうちに、チケット確認の順番が回ってきた。サーカス団特有の派手な衣装を着た人がチケットを慣れた手つきで千切っていく。小さくなったチケットを返すのと一緒に、紙製の小包を渡してきた。 「ショーのお供にどうぞ〜! ぜひ我がレーヴ団の迫力満点なサーカスを楽しんでくださいね!」  どうやら客全員に配っているらしい。  テント内に入ると、すでに観客席は人でいっぱいだった。後方の席を確保し、腰を下ろす。中央のステージを囲むように簡易の椅子が並べられており、後ろに行くほど席は高くなるので、ここからでも十分サーカスは楽しめそうだ。  薄暗いテント内で、客の期待がどんどん高まっていくのを感じる。猛獣が芸を披露するとか、人間が空中で演技をするとか、皆が噂を自慢話のように語っている。  カサカサという小包を開ける音も聞こえてきた。僕も包みを開けると、中から甘い香りがした。砂糖菓子のようだ。 「アイリス」 「アイリスちゃん」  ヘルとダリアさんが両側から同時に僕の手を掴んだ。  ダリアさんは僕から包みを取り上げると、中を漁り、ある一粒を取り出した。 「あったわ」 「これって……」  雫型の刻印がなされている。『ピエロの涙』だ。 「やはりこのサーカス団だったか」  ヘルが低い声を一層低くする。  周りの客は何も知らず、美味しそうに菓子を頬張っている。 「早く止めないと!」 「待て、ここで動いたら潜入の意味がなくなる」 「でも!」  立ち上がりかける僕の肩を、ダリアさんが宥めるように撫でた。 「これは、一粒二粒で依存症になることはないわ。でも、当然ながら効果はゼロじゃない。サーカスのリピーターが増えれば、それだけ患者は増えることになる」 「真の黒幕が誰かはわからないが、考えたな。騎士団員はサーカスという余興を許可されていないから、よほどのことがない限りこのテントに近づかない」 「あとはこの見た目ですよね」  僕はもう一度小包の中を見た。この薄暗いテントの中で、砂糖菓子に紛れる『ピエロの涙』探し出すのは難しい。そもそも、サーカスに夢中で疑ってもいない人たちが『ピエロの涙』に気づくはずがない。 「フェルス王国はすでに多くの国民が依存症になってるわ。今攻められたら一日も待たずに陥落する。このままだとフラワ帝国も二の舞になるでしょうね」 「この一ヶ月が勝負だな。でなければ国どころか、人間が人間で居られなくなるだろう」  僕たち三人の間の空気が重く冷たいものに変わるのとは反対に、テント内の熱気は高まっていく。 中央のステージに明かりが灯った。客席は静まり返り、皆が同じ方向に視線を向ける。 真っ赤なジャケットに同じ色のハットを被り、ステッキを持った人が登場した。革靴の音が木製のステージをコツコツと鳴らす。 「Ladies and gentlemen ! It‘s time you’ve been waiting for ! We promise to give you dreams」  案内役が高らかに発した声に、観客たちの期待は最高潮に達した。 「It’s showtime !!」  幕が上がると、左右から男性がジャグリングをしながら歩いてきた。投げているのは五本の短剣だ。音楽に合わせてステップを踏みながら投げている。すると今度は二人がお互いに向かって投げ始めた。三メートル以上離れている二人の間を、合計十本の短剣が飛び交っている。 「人間って極めると器用なものね」 「魔力は感じられないから、本当に技術で技を完成させているんだな」  ダリアさんとヘルは感心しているが、僕は見ていてヒヤヒヤする。もちろん彼らはプロなのだからそう簡単に失敗することはないだろうが、思わず首をすくめてしまう。  僕も近距離の軽いものなら浮かせて投げる程度の魔法は使えるが、魔法なしで投げたものをコントロールする方が怖い。  落ち着く間も無く次の演目が始まった。天井近くにぶら下がったブランコに掴まった女性に皆が注目する。  紐の長いブランコは、観客たちのすぐ上を揺れている。前の方の席なら風を感じていただろう。対になるように設置されたブランコには男性が掴まっており、二人は空中で手を繋いだり、足を絡めたりしてテント内を飛び回った。 「息止まってるぞアイリス」  ヘルに小突かれ、僕は思い出したように空気を吸った。 「なんか見てるだけなのに緊張しちゃって」  やはり魔法も無しに空中に放り出される感覚を想像すると寒気がする。どれだけの努力をしたらあれだけ堂々と演じられるのだろうか。周りの観客も息を呑んだり、歓声をあげたりと大忙しだ。労働の日々の中で、サーカスという余興は庶民にとってのご褒美に他ならない。庶民でも手が出せる入場料な上、サービスでお菓子も付いてくる。  素直に楽しめない歯痒さと共に、特別な空間を利用する黒幕を許せなかった。  一度幕が降り、一人のピエロが出てきた。次の演目の準備をつなぐ役割を担っているのだろう。おどけたような仕草でわざとらしく芸を失敗し、客席の笑いを誘う。計算し尽くされた演技に見入っていると、ピエロの男の人と目があった気がした。 「え」 「どうした?」 「ううん、なんでもない」  ピエロが退場すると幕が上がり、白いライオンが二匹現れた。屈強な男の指示に従い、玉の上に乗って移動したり、火の輪をくぐっている。 「すごい! 本当に動物と会話してるみたい」 「アイリスちゃんだっていつも動物と話してるじゃない」 「まぁそうなんですけど……」  エリカ様の張った結界内にいる動物は、ヘルのように使い魔でなくても皆喋ることができる。僕が動物と話せるというより、動物たちが人間の言葉を喋ってくれるという方が近い。 「あら、次はマジックをやるみたい。アタシの目を騙せるかしら」  ダリアさんはステージに夢中なように見えて、テント内のあちこちに目を光らせている。ヘルも一見リラックスした体勢をとっているが、警戒は解いていない。  笑いと感動と不安が一気に押し寄せ、時間はあっという間に過ぎていった。             *
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