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「俺、さ。……好き。好きなんだ、弓弦が」
弓弦の瞳が見開かれた。やっぱり驚いている。怖くなって、視線を落とす。
握っていた手を離そうとすると、今度は弓弦が握り返してきた。それに勇気づけられて、まだ視線は合わせられないまま、ぼそぼそと呟いた。
「弓弦の好きなひとが、誰だっていやだよ。俺じゃないなら。他のひとを好きにならないで。ずっと俺のそばにいて。俺のことを気にして、大切にして。俺もそうするから。ずっとそばにいる。ずっと君の面倒もみたいし、みてほしい。君を誰にも渡したくない」
何が起きたのかわからなかった。
次の瞬間、弓弦が勢いよく飛びついてきて、勢いで守斗の頭はベッドに戻っていた。つまり、ベッドに押し倒された格好。
(……!)
「守斗くん!」
すぐ近くに、弓弦の顔が見える。真剣な表情が恥ずかしくていたたまれなくて、でも近すぎて逸らすことはできなかった。
「キスしてもいい?」
言われた言葉に混乱しながら、守斗は必死に頷いた。ここで断ったら、ものすごく遠いところに彼が行ってしまう気がして。
次の瞬間、守斗の唇は弓弦のそれでふさがれていた。息ができない。意味もわからない。
自分の中で心臓の音が大きくなって、意識が全部心臓になってしまいそうだった。
「……君だよ、僕の好きなひと…」
そっと唇を離すと、弓弦が掠れ声でささやいた。そのまま、両手で顔を挟まれて、見つめられる。
「おれ……?」
「ん。僕も、……君が好きだよ、もりとくん……。無視されて淋しかった」
瞬間、ぼろぼろと涙が自分の頬を伝ったのがわかった。さっきからずっとかっこ悪いと思うのに、止まらない。
「よかったあ……」
ほっとして、思わず言葉がこぼれる。
「守斗くん、かわいい」
「え?」
その言葉と一緒に、弓弦は守斗を抱え込むと、ベッドに潜り込んできた。すぐ耳もとに、弓弦の息がかかる。ドキドキして胸が痛かったが、弓弦の腕は温かくて、ほっともした。
「守斗くんは、寂しがりやなんだなあって思ってた。最初は面倒見いいなあって思ってたけど、誰かにそばにいてほしいんだなって、それで面倒みてるんだなって気づいて。でも、僕以外の誰でもいいのかなあって思ったら、ちょっとつらくて」
(……あ)
守斗はそう言われて、胸が痛んだ。確かに、自分は誰かがそばにいればいいと思ってた。さっきだって、立川さんを呼ぼうとした。だけど。
そばにいるのは、誰でもいいわけじゃなかった。弓弦がいい。
「ごめん、弓弦。……君がいいよ。君にそばにいてほしい」
守斗が言うと、弓弦の目元が溶けるように優しくなった。
「嬉しい。君が僕の面倒をみてもみなくても、僕はずっとそばにいるよ。あ、でも面倒をみるのは、僕だけにしてね」
少しだけ笑いをふくんだ声。それを見て、また胸がきゅんとした。
そうだ、自分はずっとひとりでいるのが怖くて。
だから誰かの面倒をみて、そのひとは自分がいないとだめなんだなってずっと思い込もうとしたけれど。本当は誰かにそばにいてほしいって思っていたのは、ずっと自分で。
俺のそばにいてほしい。
ずっと誰にも言えなかったその言葉を、弓弦が聞いてくれたおかげで、やっと口に出せたのだ。
「弓弦、……ありがと」
弓弦が微笑んで、守斗の目元に指で触れた。
「守斗くん、僕が来る前にもたくさん泣いてたでしょ」
「……そんなことないし」
今度は弓弦の唇が、腫れた瞼に触れる。
「おやすみ、僕のかわいい守斗くん。明日朝起きたら、今度は僕が君に朝ごはんを作ってあげるから、ゆっくりおやすみ──」
促されて目を閉じる。あの夢の中で見た卵の殻の外の灯りのように、ぼんやりと、胸の奥が明るい。
守斗は明日の朝ごはんのことを考えた。冷蔵庫に、卵は残っていたと思う。
目玉焼き。そう、目玉焼きだ。朝起きたら、一緒に目玉焼きを作ろう。
明日はきっと、この前よりきっとうまく卵が割れるだろう。それに、うまく割れなくてもいい。
たぶん弓弦が、混じった殻を拾ってくれるから。
END.
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