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「守斗くん!」  目が覚めると、目の前に弓弦の顔があった。 「え、なんで……」  弓弦が自分の部屋にいる。まだ夢の続きだろうか。 「タオル、勝手に使っちゃった。ごめんね」  濡らしたタオルで顔を拭かれている。自分はベッドに寝かされているようだ。さっき酒を飲んでいたときは床に転がっていたはずだから、弓弦が自分を移動したのか。彼はベッド脇に膝立ちをして、守斗を覗き込んでいた。 「いや、そうじゃなくて。なんでうちに……」 「なんかさっき、変だったから。電話しても出ないし」  言われてスマホの画面を見ると、弓弦からの着信が十件以上表示されている。 「心配で部屋に来たら、酒瓶と君が転がっててうなされてるから、心配した。気分悪いとかない?」  弓弦が手にした、冷たいタオルが自分の目元に触れた。冬なのに冷たいタオル。目元が腫れているのが、ばれているのだろうか。あんなに泣いたんだから、目も赤い気がする。 「ううん。あの、……今日はあんなこと言ってごめん。君を傷つけたよな」  まだ取り返せるだろうか。とりあえず謝ろうと、守斗は弓弦を見つめて謝罪する。  弓弦は守斗が元気そうなのに安心したのか、安堵したような表情で微笑んだ。 「いや、あれは僕がわかんないのもいけないからさ。君にも就職しろって言われただろ。それで、もうちょっとがんばって社会に出なきゃいけないと思って、教授になんか手伝うことないかって相談して。それを言うなら、まず授業サボりがちな同級生の面倒をみてやれって言われたんだけどさ。なかなかうまくいかないな」 「え、用事ってそれ?」  何気ないひとことだったが、自分が言ったことが弓弦を動かしたんだ、そう思ったらちょっと嬉しい。急に自分の気持ちが明るくなったのを感じた。 「そう。超めんどい」 「言ってくれたらよかったのに……」  自分の性格が悪いと思うが、弓弦と一緒にいた男子が、自分と同じような「友達」じゃなかったことにほっとする。もちろん、弓弦に友達がいてもいいんだ、そのはずなんだけれど。 「いや、なんか恥ずかしいじゃん、急にがんばるとか。かっこいいとこだけ見せたいのにさ」  弓弦は照れたように笑った。ずっと目が合っている。その視線になぜかくすぐったいものを感じて、守斗はどきどきした。 (弓弦が急にがんばったのって、俺のせい?)  さっきまで号泣していたのも忘れて、やたらと心が弾んでしまう。弓弦は物言いたげに守斗を見つめると、一気に言った。 「あーでも、一個わかったことがあるんだよね。僕って、面倒くさがりだと思ってたけど、好きなひとのためだったら面倒くさいことなんてなかった!」 「え?」 (好きなひと?)  聞こえてきた言葉に、耳を疑う。弓弦に好きなひと。そんなの初めて聞いた。 「好きなひとって、誰?」  思わず口にしてしまう。聞いて、誰の名前を聞いてもいやな気持ちになるのはわかっているのに。  それでもやさしく自分を見てくる弓弦の甘いまなざしに、ごくわずかに、期待をしてしまう。ほんのちょっとだけ。  それが自分だったらいいのに。  それが、自分じゃなかったらいやだ。 「守斗くんは、誰だと思う?」  弓弦が上目遣いで自分を見てくる。見上げてくる少し目元が潤んでいた。  胸がきゅっとした。  そうだ、誰だっていやだ。自分じゃないなら。彼のずっとそばにいて、彼に大切にされるのは自分がいい。 「──っ、!」  思ったことを口にしたい。そう思ったけれど、言葉は簡単に出てこない。もしそう言って、友達でさえなくなったら。 「言って。守斗くんが今思っていること」  守斗が言葉を閉じ込めたのに気づいたのだろう。弓弦は、守斗をじっと見た。  怖い。  ここで失敗したら、自分は永遠に彼を失ってしまう。でも、ここで何も言わなかったら、それはそれで、彼を永遠に引き留めることはできない。 「……ッ、あの!」 「うん」 「約束して」 「何を?」 「俺と、ずっと友達でいて。俺が、……これから何を言っても」 「もちろんだよ」  弓弦は微笑んで、我知らずベッドのシーツを握りしめていた守斗の手を上から握った。  怖い怖い怖いこわい。  その気持ちに押しつぶされないように、守斗は自分のてのひらを回転させて、弓弦の手を握り返す。 「ほんとに、本当に守れよ」 「うん」  見つめてくる弓弦の目を見返した。大丈夫。弓弦は噓はつかないから。 「俺、さ。……好き。好きなんだ、弓弦が」
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