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 どう誤解を解こうかと、一方的にトラに話しながら帰宅したが答えは出ず、結局もう一度トラと話をするため、トラの家を訪ねた。  玄関の扉に手を掛けると、中から八乙女君の声が聞こえたので、聞き耳を立てた。  「どうしていつも、藤井さんと一緒にいるのか分かったよ。」  「そうか。まぁ、家は隣で学校も一緒なら生活時間はほとんど同じだし、必然的に行動は一緒になるからな」  「それでも毎日一緒に登下校して、昼休みまで一緒にいるって事は、俺に見せつけるためだよな」  「俺とチコは幼馴染だぞ。ハチに何を見せつけるんだ?」  「トラはとっくに気づいてるはずだ。俺がどんな気持ちで藤井さんの事見てるのか。二人が仲良く話しているだけでも、ギリギリと心が締め付けられるのに、二人が恋人のように触れ合ってる姿を見せつけられると、頭がおかしくりそうなくらい嫉妬で震える。俺の気持ちが受け入れてもらえない事は分かってる。でも、それでも好きなんだっ」  八乙女君の声は、聞き耳を立てている私の胸を締め付けるくらい切なくて、苦しくて。私は我慢できずに、扉を開けて二人の前へ進み出た。  「もう止めて、八乙女君!私とトラは、ただの幼馴染。どんなことがあっても、この関係が変わる事は無いわ」  「…藤井さん。聞いてたのかっ」  大きく目を見開いて驚く八乙女君の目をまっすぐ見て、はっきりと自分の気持ちを伝える。  「私とトラは、兄弟のように育ったのよ。だから今さら、毎日一緒に登下校しても、子犬のようにじゃれ合っても、恋愛感情が生まれる事はないわ」  「本当に藤井さんはトラに気持ちが揺らぐ事はないのか?」  「ええ。それだけは、自身がある」  「だったら、俺は諦めない」   「諦めないで。むしろ頑張って。八乙女君がそこまで思ってくれてたなんて、嬉しい」  「応援してくれるのか?藤井さん」  「もちろん。私の心の準備は出来てるわ」  「ありがとうっ」  八乙女君は大きな手で私の両手を握り、少し潤んだ目で私を見つめた。  私は急に手を握られた事に驚いて肩をすくめたが、何とか天使の微笑みでその思いに応えた。  八乙女君は大きく頷くと私の手を解き、何故かトラに向き直り口を開いた。  「トラ、俺、諦めないから。トラが誰を好きでも、俺がトラを好きな気持ちは変わらない。それに、これからは藤井さんが俺の事、応援してくれる」  えっ?何とおっしゃいました?  八乙女君は、トラが好き?  私じゃ無くて、トラ?  「えぇーーーー!トラ?八乙女君が好きなのは、トラなの?」  「うるさい、チコ。そんな事にも気が付かないから、ダメなんだよ」  衝撃の告白を受けたのにも関わらず、トラは相変わらずの無表情で私の鈍感さまで指摘する。  「ダメって、何よ!私は普通に恋がしたいだけで、その相手には八乙女君がいいと思ったのよ。それに、いい感じだったじゃない。八乙女君、私にはまともに会話するし、よく目が合うし、一緒に帰りたがるし…」  「ハチは恋のライバルとして、チコを観察して、接触して、邪魔してたんだよ。それを、都合のいい解釈をするとは。チコの頭は、おめでたいな」  「何だと、トラ!」  「止めてくれ。男の俺が男を好きだって言うのが、理解できないんだろ。気持ち悪いよな。そんなの、俺だって戸惑ったよ。でも、この気持ちは、勘違いでも間違いでも無くて、純粋に恋なんだ」  八乙女君の溢れる感情に、私の心が大きく震えた。  「八乙女君。恋が生まれるって、奇跡なのよ。それが異性でも同性でも、変わらないわ。純粋に恋をしている八乙女君は、気持ち悪く何か無い」  「…藤井さん」  「恋が何なのか分からないトラには、八乙女君の気持ちを理解できないかもしれない。でも、人の気持ちは変わるのよ。好きだと言ってくれる人が側にいたら、嫌でも意識してしまうはず。こんなに冷徹なトラも、何時か八乙女君に心が動くかもしれない。そんな希望を持って、恋しましょう」  「藤井さん…」  「そんな他人行儀な名前で呼ばないで。私たちはもう友達でしょ。これからは、チコと呼んで。私も、ハチと呼ぶから。ね、ハチ」  「…チコ。ありがとう、俺、嬉しいよ」  私とハチは潤んだ目で見つめ合い、自然と握手をした。  「いい加減にしろよ。俺を無視して、二人の友情を深めるな」  トラは苛立ちを込めて私とハチの握手を引き離したが、私はそれを気にすること無く二人に微笑んだ。  「これからはハチも、私の恋に協力してね」  私の恋の第一話に、恋する相手は現れなかったけれど、イケメンの友人Bが現れた。    了
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