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 「…春の温かな日差しまでもが、祝福してくれている様に感じられる、今日。私達、第38期生の157名は入学いたします。  尊敬する先輩や先生方に教えを受け、学び多き3年間を過ごすことを誓い、挨拶と代えさせていただきます。  新入生代表、藤井千夜子(ふじいちやこ)」  堂々とした声は体育館中に響き渡り、厳かな空気の中進行されている入学式を、より神聖なものに格上げした。  私は真面目な顔をしたまま、同じ制服に身を包んだ集団の中に戻った。  私立香蘭(こうらん)高校第38期生入学式は、滞りなく閉会した。  新入生は教室へと戻り、初めてのホームルームを受ける。  私は扉の前で大きく息を吸い込み、これから始まる恋に期待して扉を開いた。    まず、恋をする相手として目を付けたのは、クラスメイトの八乙女董(やおとめかおる)。  入学式から現在に至るまでに観察した印象は、長身、痩身、イケメン。後、誰に話しかけられても、一言しか返さないところを見ると、人見知りなのか、極端な無口。S系男子の雰囲気を漂わせつつ、本当は優しいツンデレ男子、というところか?少女漫画なら、主人公の相手役に持ってこいのメインキャラだ。  入学早々に自分好みの相手を見つけられるなんて、運命かもしれない。  と言う事で。まずは、彼に恋をする事にしよう。  彼の後姿を眺めながら、これから起こるめくるめく恋の展開を妄想して胸を高鳴らせていると、入学初日はあっという間に終わり、私が声を掛ける間もなく八乙女君は教室を出て行った。慌ててその後を追いかけると、隣のクラスに入って行くので入り口で様子を伺う。  長身の八乙女君はよく目立ち、周りにいる女子たちが色めき立つが、八乙女君はそれを無視して、一人の男子の前に立った。  「トラ!」  思わず名前を口にすると、私がトラと呼んだ男子が視線を向けた。  小さい頭に大きい眼鏡。新しい制服は着ると言うより着られている様に似合っていない。白い頬はふっくらと丸く、なのに、手足は女子の私の方が逞しいんじゃないかとおもうほど華奢で、背は158cmの私と同じくらいの小さめ男子。  角橋虎太郎(すみはしこたろう)。  私の幼馴染みだ。  驚く私とは対照的に、トラは眉ひとつ動かさず、八乙女君に私を紹介した。  「同じクラスだからもう、知ってると思うけど、こちら、藤井千夜子で、チコ。俺の幼馴染み。で、こちら、八乙女董で、ハチ。同じ中学の同級生」  「トラと同じ中学って事は、八乙女君も(すめらぎ)学園?」  「そう、ハチにも驚いたけど、チコまで同じ学校になるとは思わなかったよ」  「いや、でも、何で?皇学園て言ったら、全国トップクラスの男子校で、幼稚舎から大学まで内部進学がほとんどでしょ?外に進学する理由って、海外に行くとか、よりハイレベルな学校への進学しか聞いた事無いよ。それに、トラは中学受験組だけど、成績優秀の特待生で入ってるじゃない。この高校は、トラのレベルに合ってるとは、思えないけど」  「それを言うなら、チコもだろ。チコが通っていた私立白川女子学院は、全国でもトップクラスのお嬢様学校で、両家の子女がこぞって入学したがる名門校に初等部から入学しているのなら、大学まで行くのが一種のステータスなのに。有名国立大に毎年1,2名送り出すのがやっとの学力に、インターハイに毎年出場できる部活は無く、県大会2位が最高成績の部活力の、ごく普通の、ごくありふれた、至極一般的なレベルのこの高校に、どうして入学したんだ」  「白川女子は親の意向だっただけで、高校は自分の意思で選びたかったのよ」  「で、ここ?」  「家から一番近い高校は、ここなの」  「それだけの理由?」  「トラこそ、何で?」  「寮生活が合わなかった。それに、俺の家から一番近い高校も、ここだから」  「ホントに、それだけの理由?」  「もういいかな。こんな話は、帰ってからすればいいだろ。隣同士なんだから」   それもそうだ。  「じゃあ、八乙女君も一緒に帰りましょ」  私たちの会話をじっと見守っていた八乙女君ににっこりと微笑みかけて、誘った。  「俺たちは徒歩だけど、ハチはバスだよ」  「じゃあ、バス停まで」  八乙女君は視線だけを動かしてトラを見たけど、トラは帰る準備をしていて気付いていない。  「俺もトラの家に…」  「断る。今日は家族で入学のお祝いだ」  「分かった、じゃあ、バス停まで一緒に」  無慈悲なトラの言葉に一瞬だけ眉をひそめた八乙女君は、よく躾けられた忠犬のようにトラの言葉を受け入れた。  予想外の登場人物にめくるめく恋の妄想がストップしたが、主人公を奪い合う恋敵には役不足だけど、主人公の恋を応援する友人Aとしてなら使えそうだと、トラのキャラ設定を決めた。  ならばまず、友人Aとして八乙女君の情報を私に提供してもらおう。
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